【昭和30年代】別府温泉の塗り絵

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1.塗り絵の説明

昭和30年ごろ、別府の高台から湯けむりの上がる温泉街と別府湾を眺める二人を描いた塗り絵です。手前には昭和13年建築の竹瓦温泉をイメージした唐破風の建物を置きました。

湯けむり、海、山、建物、人物を大きく分け、白い湯けむりを残しながら周囲を塗れる構成にしています。町の家々は細かくなりすぎないよう簡略化しました。

温泉旅行、別府航路、旅館、湯けむりの匂いなどの話題につながります。別府の経験がなくても、地元の温泉や銭湯、湯気の出る冬の風景へ広げられます。

2.画像

昭和30年ごろの別府温泉の湯けむりと別府湾を眺める男女の高齢者向け白黒塗り絵 別府温泉の湯けむりと温泉街を柔らかな色で塗った高齢者向け着色見本

印刷機能を準備しています。ダウンロードボタンはそのまま利用できます。

色見本と同じ色に塗る必要はありません。本人が選んだ色や好きな色を大切にしてください。

3.塗り絵を始めるときの声かけ

  • 「昭和30年ごろの別府温泉を描いた絵です。よかったら見てみませんか?」
  • 「湯けむり、海、建物では、どこから塗ってみましょうか?」
  • 「湯けむりは白く残して、周りから塗る方法もありますよ。」
  • 「人物の服や広い空から始めてもよさそうですね。」
  • 「今日は眺めながら話すだけでも大丈夫です。」
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4.塗り絵中の声かけ

  • 「湯けむりは、どんな形に見えますか?」
  • 「海と空は同じ青にしますか。少し色を変えますか?」
  • 「温泉街を歩くなら、どんな店に寄ってみたいですか?」
  • 「旅館に着いたら、まずお茶とお風呂のどちらがよいですか?」
  • 「船で別府へ向かう旅は、どんな景色が見えそうでしょうね。」
  • 「湯上がりには、冷たい飲み物と温かいお茶のどちらがよいですか?」
  • 「家の数が多いので、全部塗らずに休んでも大丈夫ですよ。」

利用者さん:
「別府へ船で行った」

介護士:
「海を渡って別府へ向かったんですね。」

さらに:
「港が近づいたとき、町や湯けむりは見えましたか?」

利用者さん:
「地獄めぐりをした」

介護士:
「いろいろな湯の景色を巡ったんですね。」

さらに:
「色や湯気、においで一番印象に残った場所はありましたか?」

利用者さん:
「温泉より海が好き」

介護士:
「お湯より海の景色にひかれるんですね。」

さらに:
「海辺では、船を見ることと散歩のどちらが好きでしたか?」

5.介護士が知っておきたいポイント

湯けむりを塗らなくてもよい

白い部分を残すことも表現の一つです。灰色や水色を重ねてもよく、見本の色を正解として扱いません。

温泉の感じ方を決めつけない

熱い湯、におい、大浴場が苦手な人もいます。「温泉は好きですよね」と決めつけず、海や船、食事の話へ移れるようにします。

家並みを全部塗ろうとしない

遠景の建物は一軒ずつ塗らなくても構いません。海、空、服など広い面を選べます。絵が見えにくそうではないか、色鉛筆を持ちにくそうではないか、疲れていないかを確認します。

本人の言葉に合わせる

「覚えていますか」を繰り返さず、本人が話した船、湯気、食事などから次の会話を作ります。完成を急がせず、会話だけになっても問題ありません。本人が無理なく楽しめているかを大切にします。

6.別府温泉にまつわる年代別の出来事・暮らし

昭和10年代(1935〜1944年)

現在の竹瓦温泉の建物は昭和13年に建てられ、唐破風の外観が温泉街の目印になりました。戦時中は自由な観光旅行が難しくなりました。

昭和20年代(1945〜1954年)

戦後の社会が落ち着くにつれて観光客が戻り、旅館や保養所を利用する人が増えました。昭和26年ごろには別府温泉郷に多くの旅館があり、団体客も受け入れていました。

昭和30年代(1955〜1964年)

昭和30年代から40年代は別府の温泉開発が急速に進んだ時期です。鉄道や船、観光バスを利用する旅行が広がり、温泉街の景観も変化しました。

昭和40年代(1965〜1974年)

道路や港の整備が進み、九州各地を巡る旅行の中で別府へ立ち寄る人も増えました。職場旅行や団体旅行で大きな旅館を利用した人もいます。

昭和50年代(1975〜1984年)

家族旅行や少人数の旅行も広がり、温泉だけでなく、海の景色や町歩き、食事を楽しむ過ごし方が増えました。

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