【昭和30年代】日光東照宮の塗り絵

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1.塗り絵の説明

昭和30年ごろ、日光東照宮の陽明門を見上げる二人を描いた塗り絵です。門の形や石段、杉並木の雰囲気を残しながら、細かな彫刻は大きな模様へ整理しました。

門、石畳、杉、人物の服をそれぞれ広めに塗れます。実際の豪華な色彩に合わせなくても、好きな配色で楽しめます。

修学旅行、団体旅行、杉並木、社寺巡りなどの話題につながります。日光の経験がなくても、地元の神社やお参りの習慣を話すきっかけになります。

2.画像

昭和30年ごろに日光東照宮の陽明門を見上げる女性二人の高齢者向け白黒塗り絵 日光東照宮の陽明門と杉並木を落ち着いた色で塗った高齢者向け着色見本

印刷機能を準備しています。ダウンロードボタンはそのまま利用できます。

色見本と同じ色に塗る必要はありません。本人が選んだ色や好きな色を大切にしてください。

3.塗り絵を始めるときの声かけ

  • 「昭和30年ごろの日光東照宮を描いた絵です。よかったら見てみませんか?」
  • 「門、石段、杉の木では、どこから塗ってみましょうか?」
  • 「門は好きな色を組み合わせて塗れますよ。」
  • 「広い石畳や服から始めてもよさそうですね。」
  • 「今日は絵を見て話すだけでも大丈夫です。」
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4.塗り絵中の声かけ

  • 「門には何色を使うと、立派に見えそうですか?」
  • 「杉の木は明るい緑と深い緑のどちらにしますか?」
  • 「長い石段を見ると、どんな歩き方になりそうでしょうね。」
  • 「神社へ行くときは、どんな服装をしていましたか?」
  • 「旅行先で買うなら、食べ物と置物のどちらの土産がよいですか?」
  • 「この二人は門を見て、何と話していると思いますか?」
  • 「細かな所は残しても大丈夫です。少し休みますか?」

利用者さん:
「修学旅行で日光へ行った」

介護士:
「学校の皆さんと日光を歩いたんですね。」

さらに:
「宿や食事、友達との時間で印象に残ったことはありましたか?」

利用者さん:
「杉並木が立派だった」

介護士:
「木の高さや道の雰囲気が印象に残ったんですね。」

さらに:
「歩いたときの空気や、木の香りはどんな感じでしたか?」

利用者さん:
「神社はあまり行かない」

介護士:
「神社より別の場所へ出かける方が多かったんですね。」

さらに:
「山、温泉、町の中では、どこへ出かけるのが好きでしたか?」

5.介護士が知っておきたいポイント

豪華な色に合わせなくてよい

陽明門の実際の色彩を再現する活動ではありません。一色で塗る、模様を残す、好きな色を使う選択を尊重します。

細かな部分を完成させようとしない

門の中には比較的細い線があります。見えにくそうなら石畳、服、杉など広い部分へ移り、すべてを塗るよう促しません。色鉛筆の持ちにくさや目の疲れも確認します。

お参りの経験を決めつけない

信仰や地域の習慣、旅行経験は人によって異なります。職員の知識を一方的に説明せず、本人が話した内容を起点にします。「覚えていますか」の連発も避けます。

会話を活動として認める

塗る手が止まって話が続いても問題ありません。完成を急がせず、疲れが見られたら終了や休憩を提案します。無理なく過ごせているかを優先します。

6.日光東照宮にまつわる年代別の出来事・暮らし

昭和10年代(1935〜1944年)

日光国立公園は昭和9年に指定され、社寺と山や湖を合わせて楽しむ地域として知られていました。ただし戦時中は観光旅行が難しくなった家庭も多くありました。

昭和20年代(1945〜1954年)

戦後に鉄道旅行や団体旅行が少しずつ戻りました。昭和28年には湯元に日本で初めて国立公園管理員が配置され、自然を守りながら利用する取り組みも進みました。

昭和30年代(1955〜1964年)

日光は社寺と自然を一緒に巡れる代表的な観光地として、修学旅行や職場旅行の行き先になりました。貸切バスを利用する旅行も広がりましたが、行く機会には地域差がありました。

昭和40年代(1965〜1974年)

道路や自家用車の普及で、中禅寺湖や華厳の滝と組み合わせた周遊がしやすくなりました。写真を撮り、絵はがきや菓子を土産にする人もいました。

昭和50年代(1975〜1984年)

家族旅行や少人数の旅行が増え、季節の紅葉や雪景色を目的に訪れる人もいました。同じ日光でも、社寺、自然、宿の食事など印象に残るものは異なります。

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