「痛い!」と言わせない拘縮ケアの基本とコツ

「痛い!」と言わせない拘縮ケアの基本とコツ ハウツー

介助中に言われた「痛い!」という一言が、ずっと心に引っかかっていませんか?良かれと思って動かしたのに、相手の表情を曇らせてしまった経験は、誰にとってもつらいものです。しかし、ご安心ください。なぜ痛みが生じるのかを知り、根拠のある基本とコツを学ぶだけで、あなたのケアは「痛みを伴うもの」から「安心を与えるもの」へと変わります。

一つでも当てはまったら、この記事がきっと役に立ちます

  • 「痛い!」と言われ、介助の手が止まってしまった経験がある
  • どこまで動かせば痛くないのか、その「境界線」が分からない
  • つい力を入れてしまい、ご本人の表情が曇ったことがある
  • ケアの後、かえって身体を硬くさせてしまったと感じる
  • 自分自身の腰や腕も、実は介助で痛めている

この記事を知っていると

  • ご本人が安心する「痛くない動かし方」の具体的なコツが分かります。
  • 言葉にならない痛みのサインを早期に察知できるようになります。
  • ケアに対する不安が自信に変わり、落ち着いて対応できます。
  • あなた自身の身体の痛みも予防できます。

結論:「痛い!」を防ぐために介護士が知るべき3つの基本原則

これまで感覚に頼りがちだったケアも、根拠を知れば自信に変わります。ここでは、ご本人とあなた自身を守るための、最も重要な3つの原則を先にお伝えします。

車いすを押している女性の介護職員の画像

原則①:「ここまでなら痛くない」という客観的な基準(モノサシ)を持つ

「たぶん大丈夫だろう」という推測が、意図せず痛みを与えてしまう原因になります。大切なのは、ご本人の状態を客観的な基準で把握することです。日本リハビリテーション医学会の「関節可動域ならびに測定法」によれば、関節の動く範囲を多職種で共有するための共通の基盤が定められています。特に、測定値に影響する痛みは必ず記録に残すことが原則であり、この記録こそが「ここまでなら痛くない」という安全ラインを示す、信頼できるモノサシになります。

出典元の要点(要約)

日本リハビリテーション医学会
関節可動域ならびに測定法(2022年改訂)
https://www.jarm.or.jp/member/document/kadou/02.pdf

本資料は、医療・福祉・行政など多職種で関節可動域を「共通の基盤」で理解するための標準を示す。基本肢位は「Neutral Zero Starting Position」に基づき定義され、測定は「原則として他動運動」とする。表示では「基本肢位を0°」とし、条件差は明記する。測定に影響する「疼痛」は「『痛み』『pain』」と併記し、個人差を踏まえた「参考可動域」の扱いを示す。これらは拘縮評価・ケア計画の客観化に資する。

原則②:そもそも痛みが出にくい「安楽な姿勢」を保つ技術を学ぶ

不適切な姿勢は、身体のねじれや関節への不必要な圧迫を生み、動かさなくても痛みや不快感の原因となります。厚生労働省の「運動器の機能向上マニュアル」では、高齢者が要介護状態になることや、状態が重度化することを防ぐサービスの重要性が示されています。クッションなどを効果的に使い、ご本人が最も安楽な姿勢を保てるよう調整するポジショニングの技術は、痛みそのものを発生させにくくする、極めて重要な拘縮予防策です。

出典元の要点(要約)

厚生労働省
運動器の機能向上マニュアル(改訂版)
https://www.mhlw.go.jp/topics/2009/05/dl/tp0501-1d.pdf

本マニュアルは「運動器の機能向上サービス」の効果を示し、要介護化・重度化の防止に資することを記載。プログラムは評価指標を用い、「サービス内容が結果に影響」を前提に設計の吟味を求める。拘縮の重度化防止に資する運動内容・評価・連携の実務的枠組みを提供し、日常的な可動域維持や姿勢調整といった取り組みの継続的運用を後押しする。

原則③:「力」ではなく「技術」で動かし、無駄な痛みを生ませない

痛みの多くは、無理な力で関節を動かしたり、身体を支えたりすることで発生します。厚生労働省は「腰を痛めない介護・看護」の中で、介助者の腰痛予防と利用者の安全のために「持ち上げない介護」を具体的な技術として提示しています。スライディングシートといった福祉用具の活用や、ベッドの高さを調整するなどの環境設定は、介助者の身体を守るだけでなく、利用者にかかる余計な力を減らし、痛みを与えないための専門的な技術です。

出典元の要点(要約)

厚生労働省
腰を痛めない介護・看護 ― 介助者の腰痛予防(福祉用具シリーズ Vol.15) https://www.mhlw.go.jp/content/11303000/001376165.pdf

本冊子は介助者の腰痛災害の現状を示し、対策として「持ち上げを避ける」「スライディングシート」「スタンディングリフト」「ベッドの高さを上げる」等の具体策を提示。おむつ交換や移乗など場面別に「前かがみ」を回避し、摩擦低減で滑らせる手順を解説する。拘縮がある入居者の更衣・移乗においても、無理な持ち上げや強い伸展を避け、用具と姿勢調整で痛み・筋緊張を抑える実践的根拠となる。

これら3つの原則は、経験の年数に関わらず、すべての介護士が実践できる安全なケアの土台です。次のセクションでは、これらの原則を現場の具体的な場面でどう活かすかを見ていきましょう。


なぜ「痛みのないケア」が重要なのか?3つの医学的・制度的根拠

具体的なコツを実践する上で、その背景にある「なぜ?」を理解していると、ケアへの確信が深まります。ここでは、国や専門機関が示す3つの重要な根拠を解説します。

女性の介護職員の画像

根拠①:痛みは、さらなる拘縮を招く「悪循環の入口」だから

痛みを感じると、身体は防御反応で筋肉を硬直させます。良かれと思って動かしたつもりが、強い痛みを与えてしまうと、ご本人の身体は無意識にこわばり、かえって関節を固めてしまうのです。つまり、「痛いケア」は結果的に拘縮を悪化させてしまうという悪循環を生みかねません。日本リハビリテーション医学会が多職種で利用できる客観的な評価基準を定めているのは、こうした悪循環の入口に立たないよう、安全な範囲を正確に共有するためです。

出典元の要点(要約)

日本リハビリテーション医学会 関節可動域ならびに測定法(2022年改訂) https://www.jarm.or.jp/member/document/kadou/02.pdf

本資料は、医療・福祉・行政など多職種で関節可動域を「共通の基盤」で理解するための標準を示す。基本肢位は「Neutral Zero Starting Position」に基づき定義され、測定は「原則として他動運動」とする。表示では「基本肢位を0°」とし、条件差は明記する。測定に影響する「疼痛」は「『痛み』『pain』」と併記し、個人差を踏まえ「参考可動域」の扱いを示す。これらは拘縮評価・ケア計画の客観化に資する。

根拠②:「自立支援」こそが、介護保険制度の最終ゴールだから

介護の目的は、ただ身の回りのお世話をすることだけではありません。厚生労働省の「介護予防マニュアル」では、介護予防の目的を「高齢者が地域で再び自立して生活することができるようにすること」と明確に示しています。身体的な苦痛が続く状態は、その方の気力や生活の質(QOL)を著しく低下させ、自立への意欲を削いでしまいます。痛みのない、安楽な状態を保つことは、その方の尊厳を守るケアの基本であり、制度が目指す最終ゴールに直結しています。

出典元の要点(要約)

厚生労働省 介護予防マニュアル(改訂版) https://www.mhlw.go.jp/topics/2009/05/dl/tp0501-1_1.pdf

本改訂は介護予防の目的を「要介護状態の軽減や悪化の防止」「地域で再び自立して生活」に置き、実施を「より科学的視点」に基づき体系化。章構成に評価指標やケアマネジメントの流れを含み、プログラムの実施と「事前・事後アセスメント」を明示する。拘縮予防や可動域維持に直結する運動器章の枠組みを提供し、継続的評価に基づく介入を支える。

根拠③:安全な介助技術は、介護者の「身体と心」も守るから

質の高いケアは、介護者が心身ともに健康であって初めて持続可能になります。厚生労働省は「腰を痛めない介護・看護」の中で、介護者の安全確保の重要性を示しています。利用者に痛みを与えないための「持ち上げない」などの技術は、そのまま介助者の腰痛予防にもつながります。利用者の苦痛と自身の身体的な負担、その両方を軽減できる安全な技術こそが、持続可能なケアの土台となり、介護という専門職の身体と心を守ることに繋がるのです。

出典元の要点(要約)

厚生労働省
腰を痛めない介護・看護 ― 介助者の腰痛予防(福祉用具シリーズ Vol.15)
https://www.mhlw.go.jp/content/11303000/001376165.pdf

本冊子は介助者の腰痛災害の現状を示し、対策として「持ち上げを避ける」「スライディングシート」「スタンディングリフト」「ベッドの高さを上げる」等の具体策を提示。おむつ交換や移乗など場面別に「前かがみ」を回避し、摩擦低減で滑らせる手順を解説する。拘縮がある入居者の更衣・移乗においても、無理な持ち上げや強い伸展を避け、用具と姿勢調整で痛み・筋緊張を抑える実践的根拠となる。

このように、痛みのないケアは優しさだけでなく、医学的・制度的にも正しいアプローチです。とはいえ、現場では判断に迷う疑問も多いはず。次のセクションでは、そうした具体的な質問にお答えします。


専門家の視点で回答!拘縮ケアと痛みにまつわる「よくある質問」

日々のケアでは、マニュアル通りにはいかない場面や、判断に迷う疑問が生まれるものです。ここでは、現場から寄せられることの多い3つの質問に、ガイドラインの視点からお答えします。

女性の介護職員の画像
Q
認知症で痛みをはっきりと訴えられない方のサインは?
A

言葉での表現が難しい方の場合、私たちは言葉にならないサインを注意深く観察する必要があります。日本リハビリテーション医学会の定める評価基準では、痛みの有無を記録することが重要視されています。言葉での訴えがない場合でも、以下のような変化が見られたら、それは痛みを示している可能性があります。

  • 表情の変化(眉をひそめる、歯を食いしばる)
  • 身体のこわばり(急に力が入る、手足を固くする)
  • 呼吸の変化(息を止める、呼吸が速くなる)
  • 普段と違う声(うめき声など) これらのサインは、言葉での訴えと同様に扱うべき重要な情報です。
出典元の要点(要約)

日本リハビリテーション医学会
関節可動域ならびに測定法(2022年改訂)
https://www.jarm.or.jp/member/document/kadou/02.pdf

本資料は、医療・福祉・行政など多職種で関節可動域を「共通の基盤」で理解するための標準を示す。基本肢位は「Neutral Zero Starting Position」に基づき定義され、測定は「原則として他動運動」とする。表示では「基本肢位を0°」とし、条件差は明記する。測定に影響する「疼痛」は「『痛み』『pain』」と併記し、個人差を踏まえ「参考可動域」の扱いを示す。これらは拘縮評価・ケア計画の客観化に資する。

Q
痛みを少し我慢してもらった方が、リハビリになりますか?
A

いいえ、リハビリにはなりません。痛みは「それ以上動かすと危険だ」という身体の危険信号です。痛みを我慢して無理に動かすと、筋肉は防御的にますます緊張し、かえって拘縮を悪化させてしまう可能性があります。厚生労働省の「運動器の機能向上マニュアル」が示すように、ケアの目的は安全な状態での機能の維持・向上です。適切なリハビリテーションは、専門家が医学的な判断のもと、安全な範囲で行う医療行為です。痛みを我慢させることは、その理念に反します。

出典元の要点(要約)

厚生労働省
運動器の機能向上マニュアル(改訂版)
https://www.mhlw.go.jp/topics/2009/05/dl/tp0501-1d.pdf

本マニュアルは「運動器の機能向上サービス」の効果を示し、要介護化・重度化の防止に資することを記載。プログラムは評価指標を用い、「サービス内容が結果に影響」を前提に設計の吟味を求める。拘縮の重度化防止に資する運動内容・評価・連携の実務的枠組みを提供し、日常的な可動域維持や姿勢調整といった取り組みの継続的運用を後押しする。

Q
ご本人が「痛いけど大丈夫」と言います。どこまで信じていい?
A

ご本人が遠慮や気遣いから、そのようにおっしゃることは少なくありません。このような場合、私たちは言葉よりも客観的なサインを優先するべきです。日本リハビリテーション医学会の測定法も、客観的な指標に基づいています。たとえ「大丈夫」という言葉があっても、眉をひそめる、身体に力が入るなどの非言語的なサインを観察できた場合は、それが身体の正直な反応です。介助者として、安全を第一に判断し、「少しお顔が曇りましたので、今日はここまでにしますね」と、ケアを中断する勇気を持ちましょう。

出典元の要点(要約)

日本リハビリテーション医学会
関節可動域ならびに測定法(2022年改訂)
https://www.jarm.or.jp/member/document/kadou/02.pdf

測定時は「多関節筋…影響を除いた肢位」を原則とし、やむを得ず「異なる肢位」の場合は具体的に明記する。可動域は個体差が大きく、基準は「参考可動域」として扱う。拘縮評価・経過記録では測定条件の統一と併記が重要で、痛み回避の実践(痛み併記)や安全な更衣可動域の判断にも直結する。

個別の場面での判断は、常に「ご本人の安全と安楽」を最優先することが基本です。これらの考え方を踏まえ、最後に本記事で解説した「痛みのないケア」の要点を改めて整理します。


まとめ:自信と安心を手に入れる、これからの拘縮ケア

ここまでお読みいただき、ありがとうございます。最後に、ご本人を「痛い!」という苦痛から守り、あなた自身のケアに自信を持つための要点を、改めて3つのポイントに絞って確認します。

① 客観的な基準(モノサシ)で、安全な範囲を知る

ご本人の状態を、推測ではなく客観的な事実で捉えることが第一歩です。介護記録にある関節可動域の数値や痛みの記載は、ケアの安全な範囲を示す信頼できるモノサシです。この数値をリハビリ職と共有し、根拠のあるケアを実践することで、不安は確信に変わります。

② 安楽な姿勢づくりで、痛みの発生源をなくす

痛みは動かした時だけに生じるわけではありません。不自然な姿勢は、それ自体が苦痛の原因となります。クッションの活用など、ポジショニングの技術を駆使して安楽な姿勢づくりを徹底することで、痛みの発生源そのものを減らすことができます。これは、厚生労働省が示す運動器の機能維持においても重要な考え方です。

③ 力ではなく技術で動かし、無駄な力を加えない

拘縮ケアにおける痛みは、介助者が無理な力を加えることで発生する場合が少なくありません。厚生労働省が推奨する「持ち上げない介護」は、介護者の身体を守るだけでなく、利用者への不要な圧迫や摩擦をなくすための専門的な技術です。スライディングシートなどを活用し、力ではなく技術で介助することが、痛みのないケアを実現します。

特別なことではありません。正しい知識に基づいた、ほんの少しの工夫と配慮。その優しい一歩が、利用者の「痛い!」という苦痛を「ありがとう」という安心に変える、最も確実な方法です。


更新履歴

  • 2025年10月14日:新規公開
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