認知症の「帰りたい」に正論は逆効果?現場の限界と向き合う
夕方の忙しい時間に繰り返される「帰りたい」の声。理想は寄り添うことだとわかっていても、現実は業務が止まらず、つい強い言葉で制止してしまう自分に悩んでいませんか。
完璧なケアは難しくても、脳の障害と不安の仕組みを知れば対応が変わることがあります。すべてを解決しようとせず、本人のサインを受け止める現実的な一歩から始めましょう。
この記事を読むと分かること
- 帰りたいの裏にある心理
- 否定しない声かけのコツ
- 不穏を抑える環境調整法
- 家族への適切な説明の仕方
一つでも当てはまったら、この記事が役に立ちます
結論:「家に帰りたい」は問題行動ではなく「意思表明」。要因分析と環境調整で落ち着きを支える

現場では、「寄り添うケアが大切」という建前は重々承知していても、夕方の排泄介助や食事準備が重なる時間帯に「帰る」と立ち上がられると、つい「今は無理です」「危ないから座っていて」と制止してしまうのが現実です。
人手も時間も足りない中で、一人に時間をかけると他の利用者の転倒リスクが高まるというジレンマに、多くの介護職が頭を抱えています。
しかし、その行動を単なる問題行動として力で抑え込もうとすると、本人の不穏はさらに強まり、結果的に現場の負担が増すことがあります。
ここでは、限られた人員配置の中でも、本人のサインをどう受け止め、環境をどう調整すればよいのか、その具体的な視点をお伝えします。
「帰りたい」の裏にある本人の意思を汲み取る
認知症の方による「帰りたい」という訴えは、単なる徘徊や問題行動ではありません。
そこには、現在の環境に対する不安や不快感から逃れたいという、本人なりの意思表明が隠されています。
現場では、忙しさからつい私たちが先回りして「ここは施設だから帰れませんよ」と判断を下してしまいがちです。
しかし、意思決定支援では、本人が自らの意思に基づいた生活を送れるよう、能力を最大限に活かすことです。
そのためには、本人が意思を形成し、それを周囲に伝えるための意思形成支援と意思表明支援のプロセスが欠かせないとされます。
まずは言葉を否定せず、何を伝えようとしているのかを探る姿勢を持つことが、落ち着きを取り戻す第一歩となります。
出典元の要点(要約)
厚生労働省認知症の人の日常生活・社会生活における意思決定支援ガイドライン
https://www.mhlw.go.jp/file/06-Seisakujouhou-12300000-Roukenkyoku/0000212396.pdf
意思決定支援とは、認知症の人が能力を最大限活かして自らの意思に基づいた生活を送れるよう、意思決定支援者が行う本人支援である。そのプロセスは、本人が意思を形成することの支援(意思形成支援)と、意思を表明することの支援(意思表明支援)を中心とし、意思を実現するための支援(意思実現支援)を含む。
BPSDの要因を分析し、環境を調整する
夕方になるとソワソワして「帰る」と動き出す行動は、BPSD(行動・心理症状※認知症に伴う不安や幻覚などの症状)の一つとして捉えられます。
現場では人員配置の限界から、つい「座っていてください」と行動そのものを制限しがちですが、それでは根本的な解決にはなりにくいです。
BPSDを緩和するためには、なぜその行動が起きているのかを評価し、環境調整を行うことが重要です。
例えば、夕方の薄暗さや周囲の慌ただしさが不安を煽っていないか、身体的な苦痛が隠れていないかを探ります。
- 周囲の騒音や照明の明るさなど、環境要因を見直す
- 本人が安心できる居場所や役割を作る
- 身体機能評価を行い、安全な範囲で動ける環境を整える
無理に説得するのではなく、不穏を引き起こす要因を取り除くアプローチが、症状緩和に繋がることがあります。
出典元の要点(要約)
国立研究開発法人 国立長寿医療研究センター認知症・せん妄ケアマニュアル 第 2 版
https://www.ncgg.go.jp/hospital/iryokankei/documents/nintishomanual2025.pdf
神経心理学的検査から心理学的症候を捉え,身体機能評価からは転倒リスクを把握し,BPSD の評価からは症状緩和のための環境調整を行う。
「帰りたい」という訴えは、意思表明として捉えられることがあります。否定して行動を制限するのではなく、BPSDの視点で環境を調整することが、症状緩和のための現実的な解決策の一つとなります。
現場ですれ違う「家に帰りたい」への対応。BPSDの典型パターンと解決の視点

現場では、「利用者の気持ちに寄り添うことが第一」という建前は多くの人が理解しています。
しかし、人手不足の夕方や夜勤帯に不穏な声が続くと、つい「今は座っていてください」「ここはあなたの家ですよ」と、その場しのぎの対応をしてしまうのがリアルな実情です。
ここでは、そんな現場で起きがちな典型的なすれ違いのパターンと、そこから抜け出すための具体的な視点を紹介します。
夕方の忙しい時間に「帰る」と立ち上がる
| 状況 | 夕食前など、スタッフがバタバタしている時に限って不穏になり、帰ろうとする。 |
|---|---|
| 困りごと | 他の業務が回らなくなり、転倒を防ぐために「座っていて」と制止してしまう。 |
| よくある誤解 | 単なる徘徊や困った行動として、力ずくで止めようとしてしまう。 |
| 押さえるべき視点 | 行動そのものを制限するのではなく、BPSD(行動・心理症状※認知症に伴う不安や幻覚などの症状)の評価として状況を確認し、環境を調整することが重要です。 |
出典元の要点(要約)
国立研究開発法人 国立長寿医療研究センター認知症・せん妄ケアマニュアル 第 2 版
https://www.ncgg.go.jp/hospital/iryokankei/documents/nintishomanual2025.pdf
神経心理学的検査から心理学的症候を捉え,身体機能評価からは転倒リスクを把握し,BPSD の評価からは症状緩和のための環境調整を行う。
「ここは家ですよ」と事実で説得しても納得しない
| 状況 | 「もう夜だから」「ここはあなたの家ですよ」と事実を伝えて安心させようとするが、逆に怒り出してしまう。 |
|---|---|
| 困りごと | どう声をかければいいか分からず、説得に時間を取られてスタッフも疲弊する。 |
| よくある誤解 | 事実や理屈を教えれば、本人が理解して落ち着いてくれると思い込んでいる。 |
| 押さえるべき視点 | 事実の説得よりも、本人の価値観や習慣を受容し、相手のペースに合わせた関わりが求められます。 |
出典元の要点(要約)
厚生労働省認知症ケア法ー認知症の理解
https://www.mhlw.go.jp/content/11800000/000701055.pdf
心理的特徴に応じたかかわり方として、価値観や考え方、習慣を受容する、幼児語を使わず自尊心を尊重する、不快でない距離や目線の高さに留意する、相手の表情を確認しながら話しかける、相手のペースに合わせ気持ちを汲み取る、家族とだけ話したりせず相手を置き去りにしないといったポイントがある。
家族が「施設に入所させたから帰りたいと言っている」と悩む
| 状況 | 面会時以上に本人が「帰りたい」と泣き、家族が「施設に入れた自分の決断が間違いであったのではないか」とショックを受ける。 |
|---|---|
| 困りごと | 施設側のケアが悪いのかと家族も現場も疑心暗鬼になり、信頼関係が揺らぐ。 |
| よくある誤解 | 施設という場所そのものが、本人を苦しめている唯一の原因だと直結して考える。 |
| 押さえるべき視点 | 単なる結果(帰りたいという言葉)に固執するのではなく、なぜそのような結果になったのか冷静に要因分析を行うことが重要です。 |
出典元の要点(要約)
厚生労働省PDCAサイクルを実践して生産性を高めよう
https://www.mhlw.go.jp/content/000812225.pdf
単なる結果の確認以上に、なぜそのような結果になったかという要因分析を行うことが、次の改善段階に繋げるために重要である。
「家に帰りたい」という言葉に正面からぶつかるのではなく、BPSDの評価や本人の価値観の受容、そして冷静な要因分析を行うことが、次の改善段階に繋がることがあります。
なぜ認知症の方は「家に帰りたい」と繰り返すのか?現場で直面する3つの根本原因

現場では、「一人ひとりの不安な気持ちに寄り添う」という建前はわかっていても、現実は次から次へと鳴るナースコールや記録業務に追われています。
「なぜ一番忙しい今、帰るなんて言うの?」と余裕をなくし、問題行動として捉えてしまうのも無理はありません。
しかし、「帰りたい」という言葉の背景には、単なるわがままではない、認知症特有の明確な理由が隠されています。
ここでは、現場のジレンマと照らし合わせながら、なぜその訴えが起きるのか、構造的・心理的な根本原因を解き明かします。
すべての人に起きるわけではない「周辺症状(BPSD)」への理解不足
建前としては「認知症の症状を正しく理解し、客観的に対応する」ことが求められますが、現実は「また徘徊が始まった」「性格がわがままになった」と、個人の性格の問題として捉えてしまいがちです。
| 中核症状 | 記憶障害、認知障害など。脳の細胞が壊れることで直接起こる、多くの人にみられる症状。 |
|---|---|
| 周辺症状(BPSD) | 精神症状、行動障害など。環境や心理状態の影響で起こる、人によって異なる症状。 |
「家に帰りたい」という訴えは、この周辺症状の一つです。
環境への不安や混乱が引き金となって起こるため、まずは「病気が言わせているサイン」として客観的に受け止める視点が必要です。
出典元の要点(要約)
厚生労働省認知症ケア法ー認知症の理解
https://www.mhlw.go.jp/content/11800000/000701055.pdf
認知症の症状には、程度の差はあれ多くの患者にみられる「中核症状」(記憶障害、認知障害、人格変化など)と、みられない患者もおり疾患の重症度と比例しない「周辺症状(BPSD)」(精神症状、行動障害)がある。
自分の思いを言葉にできない「意思表明」のもどかしさ
建前では「本人の意思を尊重した支援」が理想ですが、現実は「忙しいから」「どうせ言ってもわからないから」と、スタッフが先回りして判断し、本人の意思を置き去りにしてしまうことが少なくありません。
本来の支援は、本人が自らの意思に基づいた生活を送れるようにすることです。
しかし、認知機能の低下により、自分の不安や「どうしたいか」という思いをうまく形にしたり、言葉で伝えたりすることが難しくなります。
そのもどかしさが「家に帰りたい」という言葉に変換されているため、まずは意思形成と意思表明をサポートする姿勢が求められます。
出典元の要点(要約)
厚生労働省認知症の人の日常生活・社会生活における意思決定支援ガイドライン
https://www.mhlw.go.jp/file/06-Seisakujouhou-12300000-Roukenkyoku/0000212396.pdf
意思決定支援とは、認知症の人が能力を最大限活かして自らの意思に基づいた生活を送れるよう、意思決定支援者が行う本人支援である。そのプロセスは、本人が意思を形成することの支援(意思形成支援)と、意思を表明することの支援(意思表明支援)を中心とし、意思を実現するための支援(意思実現支援)を含む。
業務優先の関わりによる「自尊心」への配慮不足
建前は「相手の自尊心を尊重し、ひとりの大人として接する」ですが、現実は安全確保や業務の効率を優先するあまり、「ダメですよ」「ちょっと待ってて」と上から目線で指示をしてしまう場面が多々あります。
認知症があっても、プライドや感情はしっかりと残っていることがあります。
幼児言葉を使われたり、自分の思いを無視して家族やスタッフだけで話を進められたりすると、不快感を抱くことがあります。
- 幼児語を使わず自尊心を尊重する
- 相手の表情を確認し、ペースに合わせて気持ちを汲み取る
こうした心理的特徴への配慮が欠けることで、居心地の悪さを感じ「ここから帰りたい」という思いを増幅させてしまうことがあります。
出典元の要点(要約)
厚生労働省認知症ケア法ー認知症の理解
https://www.mhlw.go.jp/content/11800000/000701055.pdf
認知症の症状には、程度の差はあれ多くの患者にみられる「中核症状」(記憶障害、認知障害、人格変化など)と、みられない患者もおり疾患の重症度と比例しない「周辺症状(BPSD)」(精神症状、行動障害)がある。
「家に帰りたい」という訴えは、本人のわがままではなく、BPSDとしての不安や意思表明のもどかしさ、自尊心への配慮不足から生じます。これらの根本原因を知ることが、現場の焦りを和らげる第一歩です。
現場の小さな迷いに答えるQ&A
「頭ではわかっているけれど、いざその場になるとどうしていいか迷ってしまう」。そんな現場のリアルな疑問に対し、エビデンスに基づく考え方をお答えします。
- Q人員不足でゆっくり話を聞く余裕がなく、どうしてもその場で待ってもらうしかない時は、どう配慮すればよいですか?
- Aまずは相手が認識しやすい立ち位置を取り、安全で安定した体勢を確保した上で、声の大きさや表情に留意して関わることが大切とされています。
出典元の要点(要約)
厚生労働省
認知症ケア法ー認知症の理解
https://www.mhlw.go.jp/content/11800000/000701055.pdf
身体的特徴に応じたかかわり方として、相手が認識しやすい立ち位置をとる、麻痺や筋力低下時は座ってもらうなど安定した体勢を確保する、はっきりとした声で聞こえやすい大きさで話す、苦痛がないか確認しつつ表情に留意する、声の調子に気をつけてゆっくり話す、身振りや手振りを織り交ぜながら話すといったポイントがある。
- Q本人の言葉の辻褄が合わず、本当の気持ちがわからない時はどのように汲み取ればよいですか?
- A言葉の内容だけで判断するのではないく、相手の表情を確認しながら話しかけ、相手のペースに合わせて感情を受容するような関わりがポイントとされています。
出典元の要点(要約)
厚生労働省
認知症ケア法ー認知症の理解
https://www.mhlw.go.jp/content/11800000/000701055.pdf
心理的特徴に応じたかかわり方として、価値観や考え方、習慣を受容する、幼児語を使わず自尊心を尊重する、不快でない距離や目線の高さに留意する、相手の表情を確認しながら話しかける、相手のペースに合わせ気持ちを汲み取る、家族とだけ話したりせず相手を置き去りにしないといったポイントがある。
- Qその場しのぎの対応を毎日繰り返して疲れてしまいます。少しでも再発を防ぐにはどうすればよいですか?
- A単に結果(帰りたいという訴え)に対処するだけでなく、なぜそのような結果になったのかをチームで要因分析し、環境要因などを取り除くための改善段階に繋げることが重要と考えられます。
出典元の要点(要約)
厚生労働省
PDCAサイクルを実践して生産性を高めよう
https://www.mhlw.go.jp/content/000812225.pdf
単なる結果の確認以上に、なぜそのような結果になったかという要因分析を行うことが、次の改善段階に繋げるために重要である。
対応に迷った時は、事実の説得よりも本人の体勢や表情への配慮を優先し、チームで要因分析を行うことが、次の改善段階に繋げるための鍵となることがあります。
まとめ:認知症の「帰りたい」に寄り添うために。今日からできる最初の一歩
「家に帰りたい」という言葉の裏にある不安や意思に気づくことは、多忙な現場では簡単ではありません。しかし、その一言を「問題行動」ではなく「助けてのサイン」として捉えるだけで、関わり方は少しずつ変わります。
すべてを完璧に解決しようと自分を追い込む必要はありません。まずは、次に「帰りたい」と言われたときに、「否定せずに1分だけ話を聞く」、あるいは「表情から今の感情を一つだけ探してみる」。
そんな小さな一歩が、本人とあなたの心を守るきっかけになります。たとえ人員が不足していても、自尊心を尊重しようとするあなたの姿勢は、利用者に伝わることがあります。自分のできる範囲から、少しずつ環境調整や要因分析を取り入れていきましょう。
最後までご覧いただきありがとうございます。この記事が、日々の介護現場での迷いを和らげる一助となれば幸いです。
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更新履歴
- 2026年5月6日:新規投稿







