「さっき言ったでしょ」と、忙しさからつい語気が強まり、自己嫌悪に陥る現場の声は絶えません。理想は丁寧な傾聴ですが、現実の人員体制では限界があります。
全てをマニュアル通りに行うのは難しくても、脳の仕組みという根拠を一つ知るだけで、無理のない範囲で心の余裕を取り戻せるはずです。
この記事を読むと分かること
- 脳の障害による拒否の理由
- 記憶障害への適切な返し方
- 現場で使える最小限のコツ
- 介護者の心の負担を減らす法
- エビデンスに基づく対話術
一つでも当てはまったら、この記事が役に立ちます
結論:脳の仕組みを知り「お互いに疲れない」距離感を見つける

現場では、「一人ひとりのペースに合わせたい」という理想を持っていても、実際の人員配置では目の前の業務をこなすだけで精一杯という状況が少なくありません。本当はゆっくり話を聞きたいのに、ナースコールや他の介助に追われ、つい「ちょっと待ってて!」と強い口調になってしまう。そんな理想と現実のギャップに挟まれ、自分を責めてしまう介護士の方はとても多いです。すべてを完璧にこなそうとすれば、介護者側が先に燃え尽きてしまいます。まずは脳で起きている物理的な変化を理解し、「ここだけは押さえる」というポイントを絞ることで、自分自身の心を守る余裕を作りましょう。
「なぜ怒るのか」の背景を知る
現場でよく遭遇する入浴や排泄の拒否は、本人のわがままや性格によるものではありません。これらは周辺症状(BPSD※)と呼ばれ、脳の障害に加えて、身体的な不快感や環境、心理的な不安が重なったときに出現します。
- 身体的要因:どこかが痛い、お腹が空いている
- 環境的要因:音がうるさい、場所が分からない
- 心理的要因:何をされるか分からず怖い
このように「なぜ今、混乱しているのか」という視点を持つことで、感情的なぶつかり合いを避けることができます。
※周辺症状(BPSD):認知症に伴う不安、焦燥、暴言、徘徊などの行動や心理的な症状のこと。
出典元の要点(要約)
日本神経学会、日本認知症学会認知症疾患診療ガイドライン2017
https://www.neurology-jp.org/guidelinem/degl/degl_2017_02.pdf
認知症の診断を的確に行うためには、症候や評価尺度を理解し、必要な検査を行うことが目的とされる。認知症は記憶、言語、視空間認知などの認知機能の障害と、それに伴うBPSDから構成される。診断や治療効果の判定には、身体的・環境的・心理的要因の影響を受けて出現するBPSDを見逃さないための評価尺度の選択・実施が有用である。問診は本人だけでなく家族や介護者に対しても行い、症状の経過、日常生活の問題、教育歴、趣味、職業などの生活歴を聞き取ることが重要である。
混乱を防ぐための「繰り返し説明」
入院や施設入所など、急激な環境の変化は、認知症の方に大きなストレスを与え、急な意識の混乱(せん妄※)を引き起こす原因になります。現場が忙しいと説明を省きがちですが、エビデンスでは以下の対応が重要とされています。
| 重要なケア | 具体的な内容 |
|---|---|
| 状況の繰り返し説明 | 今から何をするのか、何度も根気強く伝える |
| 行動抑制の回避 | 無理な拘束や強制的な介助を避ける |
| 家族の付き添い | 安心できる存在との時間を確保する |
「さっきも言ったのに」と思わず、初めて伝えるつもりで状況を説明し続けることが、結果として本人の落ち着きに繋がり、介助の負担を減らすことになります。
※せん妄:急激に脳の機能が低下し、場所が分からなくなったり、幻覚が見えたりする状態。
出典元の要点(要約)
日本神経学会認知症疾患診療ガイドライン2017
https://www.neurology-jp.org/guidelinem/degl/degl_2017_03.pdf
認知症者の入院時には、離床センサー等による安全確保が必要である。また、環境変化や身体的な苦痛によるせん妄を防ぐため、家族の付き添いや、行動の抑制を避けるなどのケア、および状況の繰り返し説明が重要となる。
理想通りのケアができず悩むのは、あなたが真面目な証拠です。人員不足の現場では、まず周辺症状の原因を多角的に捉え、状況を繰り返し伝えるという最小限のポイントに絞ることで、お互いの負担を軽くできます。
現場で繰り返される「困りごと」の裏側

現場では、日々の介助の中で「なぜ伝わらないのか」と無力感を抱く場面が後を絶ちません。丁寧に対応したい気持ちはあっても、ナースコールが鳴り響き、次の介助が控えている状況では、つい焦りから声が険しくなってしまうものです。
「わがままを言われている」と感じてしまうと、介護者側の精神的な疲弊も加速してしまいます。まずは、現場でよく起きる代表的な事例を、個人の性格ではなく脳の病理的な背景として捉え直し、感情的な衝突を回避する視点を確認しましょう。
「ご飯はまだ?」と同じ質問が止まらない
現場では、数分おきに同じ質問を繰り返され、業務が中断することへの苛立ちが募りがちです。これは、新しい出来事を脳に刻み込む「出来事記憶」の障害が原因です。
本人の頭の中では「一度も聞いていない」状態であり、説明を理解できないわけではありません。説得しようとするよりも、その都度、初めて聞かれたつもりで簡潔に答え、安心感を提供することが現実的な対応となります。
出典元の要点(要約)
日本神経学会認知症疾患診療ガイドライン 2017 第6章 Alzheimer型認知症
https://www.neurology-jp.org/guidelinem/degl/degl_2017_06.pdf
Alzheimer型認知症は、脳内に神経原線維変化とアミロイド蓄積が起こることで神経細胞死やアセチルコリンの低下を招き、認知症を発症した状態を指します。典型的な症状は、緩徐に進行する出来事記憶の障害から始まり、次第に失語や遂行機能障害、視空間機能障害、人格変化などの社会的認知機能の低下へと進展します。
入浴や着替えを頑なに拒否される
お風呂や更衣の際に「入らない!」「必要ない!」と強く拒まれると、介護者は拒絶されたショックと業務の遅れに焦ります。これはBPSD(行動・心理症状)と呼ばれる反応です。
本人は、自分に何が起きるか分からない不安や恐怖を抱いています。無理に誘導するのではなく、以下の視点で原因を探ることが重要です。
- 身体的な不快感:どこかが痛くないか、寒くないか
- 環境的な要因:音が大きくないか、まぶしすぎないか
- 心理的な要因:「裸にされる」という恐怖はないか
出典元の要点(要約)
日本神経学会、日本認知症学会認知症疾患診療ガイドライン2017
https://www.neurology-jp.org/guidelinem/degl/degl_2017_02.pdf
認知症の診断を的確に行うためには、症候や評価尺度を理解し、必要な検査を行うことが目的とされる。認知症は記憶、言語、視空間認知などの認知機能の障害と、それに伴うBPSDから構成される。診断や治療効果の判定には、身体的・環境的・心理的要因の影響を受けて出現するBPSDを見逃さないための評価尺度の選択・実施が有用である。
場所が変わるとパニックになる
施設入所や入院といった環境の変化は、認知症の方に激しい混乱をもたらします。現場では「夜間の不穏」や「徘徊」への対応が大きな負担となります。
この状態は、急激な意識障害である「せん妄」を伴っている可能性があります。エビデンスでは、無理に動きを止めるよりも、「状況の繰り返し説明」や安心できる家族の付き添いが、混乱を鎮めるために有効であるとされています。
出典元の要点(要約)
日本神経学会認知症疾患診療ガイドライン2017
https://www.neurology-jp.org/guidelinem/degl/degl_2017_03.pdf
認知症者の入院時には、離床センサー等による安全確保が必要である。また、環境変化や身体的な苦痛によるせん妄を防ぐため、家族の付き添いや、行動の抑制を避けるなどのケア、および状況の繰り返し説明が重要となる。
現場で起きるこれらの事例は、本人のわがままではなく脳の変化によるものです。BPSDの原因や記憶の仕組みを理解することで、無理のない範囲で適切な声掛けや環境調整に取り組む一歩となります。
なぜ伝わらないのか?その背景にある「脳の仕組み」

現場では、「否定してはいけない」と頭では分かっていても、何度も同じことを繰り返されたり、強い拒否に遭ったりすると、つい感情的になってしまうものです。忙しい業務の中で「なぜ、こんなに大変な思いをしなければならないのか」と、出口の見えない暗闇にいるような感覚になることもあるでしょう。
こうしたすれ違いが起きる理由は、介護者の関わり方の問題だけではなく、認知症という病気が引き起こす脳の構造的な変化にあります。根拠(エビデンス)を知ることは、感情論ではなく「仕組みの問題」として捉えるための第一歩です。
「さっきの出来事」が消えてしまう理由
アルツハイマー型認知症の最も典型的な症状は、緩やかに進行する出来事記憶(episodic memory)の障害です。脳内でアミロイドが蓄積し、神経細胞が死滅することで、数分前の体験そのものが脳に刻まれなくなります。
「ご飯はまだ?」という問いに対し、たとえ1分前に説明したとしても、本人の脳内にはその記憶が残っていません。そのため、説明を「無視している」のではなく、物理的に体験が存在しない状態なのです。
出典元の要点(要約)
日本神経学会認知症疾患診療ガイドライン 2017 第6章 Alzheimer型認知症
https://www.neurology-jp.org/guidelinem/degl/degl_2017_06.pdf
Alzheimer型認知症は、脳内に神経原線維変化とアミロイド蓄積が起こることで神経細胞死やアセチルコリンの低下を招き、認知症を発症した状態を指します。典型的な症状は、緩徐に進行する出来事記憶の障害から始まり、次第に失語や遂行機能障害、視空間機能障害、人格変化などの社会的認知機能の低下へと進展します。
拒否や焦燥が生まれる多角的な要因
認知症の症状は、記憶障害などの「認知機能障害」と、それによって引き起こされるBPSD(行動・心理症状)に分けられます。このBPSDは、単独で起きるのではなく、以下の要因が複雑に絡み合って出現します。
- 身体的な要因:脱水や便秘、どこかの痛み
- 環境的な要因:部屋の温度、音、急な環境変化
- 心理的な要因:自分の状況が理解できない不安
声掛けが届かない時、本人はわがままを言っているのではなく、これらの要因によって生じている混乱に苦しんでいる可能性があります。
出典元の要点(要約)
日本神経学会、日本認知症学会認知症疾患診療ガイドライン2017
https://www.neurology-jp.org/guidelinem/degl/degl_2017_02.pdf
認知症の診断を的確に行うためには、症候や評価尺度を理解し、必要な検査を行うことが目的とされる。認知症は記憶、言語、視空間認知などの認知機能の障害と、それに伴うBPSDから構成される。診断や治療効果の判定には、身体的・環境的・心理的要因の影響を受けて出現するBPSDを見逃さないための評価尺度の選択・実施が有用である。
声掛けが届かない背景には、脳の機能低下と周囲の要因のミスマッチがあります。仕組みを正しく知ることで、現場での葛藤を「自分のせい」と責めるのではなく、適切な環境調整への一歩として捉えることができます。
現場の「困った」を解決するヒント集
現場では、マニュアルを読んでも解決できない「予期せぬ反応」に毎日直面します。本当は一人ひとりに向き合いたいのに、他の業務に追われて焦るほど、本人の拒否が強まり、どう接するのが正解か分からなくなってしまうこともあるでしょう。
そんな時、介護者の「勘」や「我慢」だけに頼るのではなく、根拠(エビデンス)を知ることで、無理のない対応を選択できるようになります。現場で特によく聞かれる疑問について、ガイドラインの視点からお答えします。
- Q介助を強く拒否された場合、一旦引いてもいいのでしょうか?
- A
はい、一旦距離を置くことは適切な対応です。
無理に介助を続けると、本人の不安や恐怖を煽り、BPSD(周辺症状)を悪化させる恐れがあります。エビデンスでは、BPSDの出現には「身体的・環境的・心理的」な要因が関わっているとされています。- 身体の痛みや部屋の寒さなど、不快な要因がないか確認する
- 本人が落ち着くまで安全を確保した上で見守る
このように、一旦引いて「拒否の理由」を多角的に分析することが、結果としてスムーズな介助への近道となります。
出典元の要点(要約)
日本神経学会、日本認知症学会認知症疾患診療ガイドライン2017
https://www.neurology-jp.org/guidelinem/degl/degl_2017_02.pdf
認知症の診断を的確に行うためには、症候や評価尺度を理解し、必要な検査を行うことが目的とされる。認知症は記憶、言語、視空間認知などの認知機能の障害と、それに伴うBPSDから構成される。診断や治療効果の判定には、身体的・環境的・心理的要因の影響を受けて出現するBPSDを見逃さないための評価尺度の選択・実施が有用である。
- Q入院や入所後、急に混乱がひどくなりました。どう声を掛けるべき?
- A
「状況の繰り返し説明」を根気強く行いましょう。
環境の変化は、認知症の方にとって大きなストレスとなり、意識が混濁する「せん妄」を引き起こしやすくなります。現場では忙しくても、以下の対応がエビデンスとして推奨されています。- 今、どこにいて、何をしているのかを繰り返し、優しく伝える
- 無理な行動の抑制(身体拘束など)を避ける
- 可能であれば、安心できる家族の付き添いを検討する
「説明しても無駄」と思わず、安心できる情報を何度も届けることが、混乱を鎮めるために重要です。
出典元の要点(要約)
日本神経学会認知症疾患診療ガイドライン2017
https://www.neurology-jp.org/guidelinem/degl/degl_2017_03.pdf
認知症者の入院時には、離床センサー等による安全確保が必要である。また、環境変化や身体的な苦痛によるせん妄を防ぐため、家族の付き添いや、行動の抑制を避けるなどのケア、および状況の繰り返し説明が重要となる。
- Q介護者の負担が限界です。何か公的な支援はありますか?
- A
診断直後からの「診断後支援」という仕組みがあります。
介護者側の生活の質(QOL)を守ることは、本人のケアを継続する上で不可欠です。ガイドラインでは、早い段階から以下のような支援を受けることが推奨されています。- 認知症カフェや当事者コミュニティへの参加
- 地域包括支援センター等による社会資源の紹介
- 今後の介護計画(ケアプラン)の作成と見直し
一人で抱え込まず、早い段階で専門機関へ相談し、チームで支える体制を整えることが大切です。
出典元の要点(要約)
日本神経学会認知症疾患診療ガイドライン2017
https://www.neurology-jp.org/guidelinem/degl/degl_2017_03.pdf
認知症者と家族の生活の質 quality of life (QOL)を高めるには、認知症と診断された早い段階から認知症を有しつつ生活する方法を伝え、社会資源へのつながりを促し、将来計画を考えるための診断後支援 post-diagnostic support が必要となる。これには疾患教育、認知症カフェのような当事者コミュニティへの参加のほか、本人の意思を表明する文書作成、本人の希望に基づく将来の介護計画の作成まで含まれる。
日々の現場では、これらの正解を知っていても実行できないほど過酷な瞬間があるはずです。そんな時は自分を責めず、今回ご紹介したエビデンスを「困った時の判断基準」として活用してください。仕組みを知ることで、少しずつ現場の負担が和らいでいくはずです。
まとめ:根拠を知ることで、あなた自身の心を守るために
アルツハイマー型認知症の方への声掛けに正解を求め、日々葛藤されている方は少なくありません。現場の忙しさの中で、理想通りのケアができないことに心を痛めることもあるでしょう。しかし、今回見てきたように、本人の言動には脳の物理的な変化という明確な理由があります。
この記事でご紹介したエビデンス(根拠)の要点は以下の通りです。
- 記憶の障害:出来事記憶の低下により、直前の説明も「なかったこと」になるため、悪気はありません。
- BPSD(周辺症状):拒否や焦燥は、身体的・環境的・心理的な不快要因が重なって出現します。
- 環境変化への対応:入院や入所時の混乱を防ぐには、状況を繰り返し説明し、安心を届けることが重要です。
- 社会資源の活用:介護者自身のQOLを守るため、早い段階で専門機関やコミュニティと繋がることが推奨されます。
全ての声掛けを完璧にする必要はありません。「伝わらないのは脳の仕組みのせい」と割り切るだけでも、あなたの心の負担は少しだけ軽くなるはずです。まずは、今日起きた困りごとを「身体・環境・心理」のどこに原因があるか一歩引いて眺めてみる。そんな小さな一歩から始めてみてください。
最後までご覧いただきありがとうございます。この記事が、日々現場で尽力されている皆さまのお役に立てれば幸いです。
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更新履歴
- 2025年9月13日:新規公開
- 2025年10月21日:一部レイアウト修正
- 2025年12月19日:より詳細なエビデンス(根拠)に基づき解説を充実させるとともに、最新のサイト基準に合わせて構成・レイアウトを見やすく刷新しました。


