認知症の方への「優しい嘘」と一つの見方
「ご飯はさっき食べたでしょ」と事実を伝えても、余計に怒らせてしまい自己嫌悪に陥ることがある。そんな葛藤が、多くの介護現場で繰り返されることがあります。
教科書通りの対応は難しくても、脳の仕組みを知れば「嘘」への罪悪感は和らぎます。全部は無理でも、ここだけ押さえれば心を守りやすくなる現実的なケアを提案します。
この記事を読むと分かること
- 事実が逆効果になる脳の理由
- 嘘ではない受容の話法
- チームで対応を統一する基準
一つでも当てはまったら、この記事が役に立つことがあります
結論:「嘘」ではなく、本人の見ている「現実」への参入という考え方です

「嘘をつくのは不誠実だ」と、真面目な方ほど悩む傾向があります。現場でも「事実を伝えて納得してもらおう」と試みては、強い拒絶にあって見られることがあるケースが見られることがあります。
しかし、認知症ケアにおいて事実と異なる話を合わせることは、騙すこととは限りません。本人の不安を和らげるための、ケア技術です。
否定は「混乱」を招き、症状を悪化させることがある
認知症の方にとって、見えている世界はその人にとっての「真実」と感じられることがあります。これを頭ごなしに否定されると、自分の存在そのものを否定されたような強い不安や怒りを感じることがあります。
この不快な感情や対人関係のストレスが、暴言や暴力といったBPSD(行動・心理症状)に関係することがあります。
出典元の要点(要約)
厚生労働省認知症ケア法ー認知症の理解
https://www.mhlw.go.jp/content/11800000/000701055.pdf
BPSDは、中核症状を背景として、本人の性格、環境、人間関係などが絡み合って起きる精神症状や行動障害のこと
「話を合わせる」ことは「安心の提供」と捉えられる
ケアの目的は、事実を正すことではなく、本人が穏やかに過ごせることです。出典でも、安心の提供や環境調整などが挙げられています。
「そうなんですね」と話を合わせることは、混乱している本人に安心を届ける手立ての一つと言えます。
出典元の要点(要約)
国立研究開発法人 国立長寿医療研究センター認知症・せん妄ケアマニュアル 第 2 版
https://www.ncgg.go.jp/hospital/iryokankei/documents/nintishomanual2025.pdf
非薬物的対応としては、環境調整、わかりやすい説明、安心の提供などを行う
本人の「価値観」や「習慣」を尊重する
たとえ現実と違っても、その言動には本人なりの理由や、長年大切にしてきた価値観が隠れていることがあります。
子供扱いせず、その人の自尊心を傷つけないように配慮しながら、相手のペースに合わせて気持ちを汲み取ることが、信頼関係を築く助けになります。
出典元の要点(要約)
厚生労働省認知症ケア法ー認知症の理解
https://www.mhlw.go.jp/content/11800000/000701055.pdf
心理的特徴に応じたかかわり方として、価値観や考え方、習慣を受容する、幼児語を使わず自尊心を尊重する、不快でない距離や目線の高さに留意する、相手の表情を確認しながら話しかける、相手のペースに合わせ気持ちを汲み取る、家族とだけ話したりせず相手を置き去りにしないといったポイントがある
罪悪感を持ちすぎないようにしましょう。本人の世界に寄り添って安心してもらうことは、ケアの一つです。
よくある事例:現場で起きている「否定 vs 受容」の典型パターン

「理屈はわかるけど、忙しい夕方に言われるとつい…」
現場では、余裕がない時に限って対応の難しい訴えが重なることもあります。ここではよくある3つの場面について、エビデンスに基づく「押さえるべき視点」を整理します。
「子供のご飯を作らないと」と夕方に帰ろうとする
夕暮れ時になると不穏になり、「帰ります」と出口へ向かうケースとされています。
| 状況 | 自分の役割(家事・育児)を果たそうとする意識が強く働いていると考えられます。 |
|---|---|
| 困りごと | 「お子さんはもう大人ですよ」と事実を伝えても、「私を馬鹿にして!」と興奮してしまう。 |
| 押さえるべき視点 | 長年の習慣や価値観を受容する。 |
「お母さん」であろうとする責任感や習慣を否定せず、「ご飯の心配をしてくれているんですね」と気持ちを受け止めることが、ケアの出発点になります。
出典元の要点(要約)
厚生労働省認知症ケア法ー認知症の理解
https://www.mhlw.go.jp/content/11800000/000701055.pdf
心理的特徴に応じたかかわり方として、価値観や考え方、習慣を受容する
「財布を盗まれた」と犯人扱いされる
いわゆる「もの盗られ妄想」により、一番身近な介護者を疑うケースとされています。
| 状況 | 記憶障害で置いた場所を忘れ、喪失感の埋め合わせとして他者のせいにすることがあります。 |
|---|---|
| 困りごと | 「盗っていません!」と潔白を証明しようと否定すると、余計に疑いが強まる。 |
| 押さえるべき視点 | 安心の提供を行う。 |
「困りましたね、一緒に探しましょう」と声をかけ、安心の提供につなげます。
出典元の要点(要約)
国立研究開発法人 国立長寿医療研究センター認知症・せん妄ケアマニュアル 第 2 版
https://www.ncgg.go.jp/hospital/iryokankei/documents/nintishomanual2025.pdf
非薬物的対応としては、環境調整、わかりやすい説明、安心の提供などを行う
「もうすぐ夫が帰ってくる」と亡くなった人を待つ
記憶障害により、夫の死という事実が抜け落ちているケースとされています。
| 状況 | 夕方になると夫を待ってソワソワし始める。 |
|---|---|
| 困りごと | 「もう亡くなったでしょ」と伝えるたびに、ショックを受けることがあります(あるいは怒る)。 |
| 押さえるべき視点 | 幼児語を使わず、本人の自尊心を尊重する。 |
子供扱いして適当にごまかすのではなく、夫を想う気持ち(自尊心)を尊重し、「遅いですね、お茶でも飲んで待ちましょうか」と相手のペースに合わせます。
出典元の要点(要約)
厚生労働省認知症ケア法ー認知症の理解
https://www.mhlw.go.jp/content/11800000/000701055.pdf
心理的特徴に応じたかかわり方として、幼児語を使わず自尊心を尊重する、相手のペースに合わせ気持ちを汲み取る
どの事例も、事実を突きつける「否定」が混乱の元になることがあります。相手が見ている世界(習慣・価値観)を一旦受け止め、安心感を与えることが、対応の一つと言えます。
なぜ「正しい事実」を伝えると逆効果になるのか?

“「何度説明してもわかってくれない」「わざと困らせているのでは?」思うこともあります”
現場では、通じない徒労感からつい声を荒らげてしまうこともあります。しかし、それは性格の問題とは限らず、脳の病気による影響が関係することがあります。
脳の機能低下により「訂正」を処理できない
- 建前:正しく説明すれば、納得してくれるはず。
- 現実:器質的な脳の障害により、新しい事実を理解し、記憶を書き換える機能そのものが低下している。
認知症は単なる物忘れではないとされています。脳の障害によって知能が広範囲に低下しているため、「今は〇〇ですよ」という論理的な訂正を受け入れ、処理すること自体が困難な場合があります。
出典元の要点(要約)
国立研究開発法人 国立長寿医療研究センター認知症・せん妄ケアマニュアル 第 2 版
https://www.ncgg.go.jp/hospital/iryokankei/documents/nintishomanual2025.pdf
認知症とは,一旦正常に発達した知能が後天的に器質的な脳の障害によって広汎に継続的に低下し,日常的な生活を営めない程度にまで衰退した状態と定義されている。
「何を言われたか」は忘れ、「嫌な感情」だけが残る
- 建前:間違いを正すのは、相手のためになる親切。
- 現実:話の内容は忘れても、「否定された」「怒られた」という不快な感情だけが残り、症状を悪化させることがあります。
事実を伝えたつもりでも、本人には「攻撃された」というストレスだけが残ることがあります。この人間関係のトラブルや心理的な負担が、結果として暴言や暴力などのBPSD(行動・心理症状)を引き起こす一因となることがあります。
出典元の要点(要約)
厚生労働省認知症ケア法ー認知症の理解
https://www.mhlw.go.jp/content/11800000/000701055.pdf
BPSDは、中核症状を背景として、本人の性格、環境、人間関係などが絡み合って起きる精神症状や行動障害のこと
本人の「主観的な世界」が真実と感じられることがあるから
- 建前:客観的な事実こそが正解であり、優先されるべき。
- 現実:本人なりの価値観や考え方を否定することは、その人の自尊心を深く傷つける行為になる。
私たちには「誤り」に見えても、本人の中では筋が通った「真実」と感じられることがあります。その世界観や習慣を頭ごなしに否定せず、受容して自尊心を守ることが、心理的な安定につながることがあります。
出典元の要点(要約)
厚生労働省認知症ケア法ー認知症の理解
https://www.mhlw.go.jp/content/11800000/000701055.pdf
心理的特徴に応じたかかわり方として、価値観や考え方、習慣を受容する、幼児語を使わず自尊心を尊重する
訂正が通じないのは「脳の障害」のせいです。事実を教え込もうと戦うのではなく、不快な感情を残さないように自尊心を守る対応へ切り替えることが、互いにとっての解決策の一つになります。
現場の「小さな迷い」にお答えします
「頭ではわかっていても、実際にはどうすれば?」
教科書通りにはいかない現場だからこそ生まれる、よくある疑問にエビデンスベースで回答します。
- Q嘘をつくことに罪悪感があります。本当に良いのでしょうか?
- Aそれは相手を騙す嘘ではなく、安心の提供とされる対応です。 事実を伝えて不安にさせるよりも、”話を合わせることで不安を取り除くことは、”ガイドラインでも推奨される非薬物療法の一つです。罪悪感を持ちすぎないようにしましょう。
出典元の要点(要約)
国立研究開発法人 国立長寿医療研究センター
認知症・せん妄ケアマニュアル 第 2 版
https://www.ncgg.go.jp/hospital/iryokankei/documents/nintishomanual2025.pdf
非薬物的な対応としては、環境調整、わかりやすい説明、安心の提供などを行う
- Q毎回話を合わせていると、話が終わらなくて困ります。
- Aずっと話を合わせ続ける必要はありません。 大切なのは、会話の内容そのものよりも、相手の気持ちを汲み取ることです。一度しっかりと感情を受け止めて(受容して)安心してもらえれば、お茶を勧めるなどして、自然にその場を切り上げられる場合もあります。
出典元の要点(要約)
厚生労働省
認知症ケア法ー認知症の理解
https://www.mhlw.go.jp/content/11800000/000701055.pdf
心理的特徴に応じたかかわり方として、価値観や考え方、習慣を受容する、相手のペースに合わせ気持ちを汲み取る
- Q家族やスタッフ間で対応が割れてしまいます。
- A対応が人によって違うことがあります。 「この話題にはこう返す」という方針を共有し、家族や専門職が意思決定支援チームとして連携することが大切です。統一した関わりが、支援につながることがあります。
出典元の要点(要約)
厚生労働省
認知症の人の日常生活・社会生活における意思決定支援ガイドライン
https://www.mhlw.go.jp/file/06-Seisakujouhou-12300000-Roukenkyoku/0000212396.pdf
家族、専門職、成年後見人等が意思決定支援チームとして継続的に支援を行う
現場での迷いは尽きませんが、基本は「ご本人の安心」を優先するとされています。一人で抱え込まず、チームで「どう返答するか」を統一することで、ケアの負担は軽くなることがあります。
まとめ:今日から少しずつ、ご本人の世界を一緒に歩んでみませんか
「本当のことを伝えないと」という責任感が、結果的にお互いを苦しめてしまうことがある。そんな現場のジレンマは、認知症という病気が引き起こす衝突につながることがあります。
器質的な脳の障害により論理的な訂正が通じない時、有効な場合があるのは「正しい答え」ではなく「心からの安心」を届けることだと考えられます。
「嘘をつく」と捉えず、本人の習慣や価値観を尊重する受容の技術として。今日からは「一回だけ否定を我慢して、相手の言葉を繰り返す」ことから始めるのも一案です。
全部を完璧にこなそうとしなくて大丈夫です。チームで方針を共有し、少しずつ安心の提供を積み重ねていくことが、穏やかな毎日への一歩になることがあります。
最後までご覧いただきありがとうございます。この記事が、日々現場で奮闘される皆様のお役に立てれば幸いです。
関連コンテンツ
更新履歴
- 2025年9月22日:新規公開
- 2025年10月21日:一部レイアウト修正
- 2026年2月17日:より詳細なエビデンス(根拠)に基づき解説を充実させるとともに、最新のサイト基準に合わせて構成・レイアウトを見やすく刷新。









