理想は否定せず受容する関わりですが、介護現場では忙しさからつい「取ってない」と強い口調で返してしまう葛藤が少なくありません。
全てを完璧にこなすのは困難なため、最低限のポイントを絞り、介護者の心を守りながら対応する現実的な着地点を考えます。
この記事を読むと分かること
- 否定が逆効果になる脳の仕組み
- 5割以上に起きる症状の頻度
- 介護者の心を守る距離の保ち方
- 介護現場で使える受容のコツ
- 医療的な介入が必要な目安
一つでも当てはまったら、この記事が役に立ちます
結論:否定よりも「安心」を優先する関わりが解決の近道

現場では、入浴介助や食事の準備に追われている最中に「通帳を盗まれた」と訴えられ、つい「そんな暇ないよ」「勘違いじゃない?」と突き放してしまう場面が多々あります。本当は一人ひとりの心に寄り添いたいのに、実際の人員配置では一人の訴えに長時間付き添うのは現実的に難しいというリアルな葛藤が常に存在します。しかし、全ての対応を完璧にこなせなくても、対応の核心となるポイントさえ押さえれば、本人と介護者の双方が楽になる解決の糸口が見えてきます。
受容的・共感的な態度で不安を和らげる
アルツハイマー型認知症の方に現れる物盗られ妄想には、以下の2点を意識した関わりが重要です。
- 本人の訴えを否定も肯定もせず受容的(※1)な態度で接すること
- 不安を軽減するために安心感を与えることを最優先に考えること
事実を確認して説得しようとするのではなく、まずは本人のつらい気持ちに寄り添うことが解決の近道となります。
※1 受容(じゅよう):相手の感情を否定せず、そのまま受け入れること。
出典元の要点(要約)
日本神経学会認知症疾患診療ガイドライン2017
https://www.neurology-jp.org/guidelinem/degl/degl_2017_03.pdf
幻覚・妄想への対応として、本人の訴えを否定も肯定もせずに受容的・共感的態度で接し安心感を与えることが重要である。家族内の特定の人が対象となる場合は介護サービス等を利用して距離をとる方法が有用である。抗認知症薬を含めた薬剤が関与している可能性も考慮する。
対応が困難なときは「物理的な距離」をとる
どうしても現場での対応が困難な場合には、以下の手段を検討することが現実的です。
| 手段 | 具体的な内容 |
| 距離を置く | 特定の人が対象となる場合、時間的・物理的な距離をとる |
| サービス利用 | 介護サービスを利用して物理的に離れる |
介護者が疲弊し、不適切なケアに繋がらないよう、介護サービスを上手に活用して距離を保つことは、ガイドラインでも認められている正当な手段です 。
出典元の要点(要約)
日本神経学会認知症疾患診療ガイドライン2017
https://www.neurology-jp.org/guidelinem/degl/degl_2017_03.pdf
幻覚・妄想に対しては受容的に接して不安を軽減させることを第一に考え、特定の人が対象の場合は時間的・物理的距離をとることを考える。改善しない場合はリスペリドン、オランザピン、クエチアピン、アリピプラゾールなどの非定型抗精神病薬を検討する。また、抑肝散も検討してよい。
物盗られ妄想は病気の症状です。完璧な対応は難しくても、否定を避けて安心感を伝えること、そして限界が来る前に外部サービスで距離を置くこと。この2点を意識するだけで、現場の負担は確実に変わります。
現場で直面する「物盗られ妄想」の典型的な3つのパターン

現場では、一生懸命にケアをしている特定の介護職や家族が、突然「私の財布を盗んだでしょう」と指名されてしまう不条理な場面が絶えません。建前では「病気の症状だから受け流そう」とわかっていても、実際の人員配置では他の利用者の対応も並行せざるを得ず、執拗な追及に精神的な限界を感じてしまうのがリアルな状況です。こうした典型的な事例を知ることで、自分たちの関わり方のせいではなく、脳の仕組みによって起きている現象だと理解する一助となります。
1. 最も献身的に支える人が「犯人」にされるケース
- 状況
- 食事や更衣など、最も身の回りの世話をしているスタッフが疑われる
- 困りごと
- 「あなただけは信じていたのに」と激しく責められ、信頼関係が崩れてしまう
- よくある誤解
- 「自分の接し方に問題があるから嫌われている」と自分を責めてしまう
- 押さえるべき視点
- アルツハイマー型認知症において、物盗られ妄想は妄想全体の過半数を占めるほど頻度が高い症状です
精神病症状に関して、妄想は36パーセントの頻度で認められ、その中でも「物盗られ妄想」が50.9パーセントと半数を超えています 。幻覚の頻度は18パーセントであり、幻聴よりも幻視が出現しやすい傾向があります 。
出典元の要点(要約)
日本神経学会認知症疾患診療ガイドライン 2017 第6章 Alzheimer型認知症
https://www.neurology-jp.org/guidelinem/degl/degl_2017_06.pdf
精神病症状に関して、妄想は36パーセントの頻度で認められ、その中でも「物盗られ妄想」が50.9パーセントと半数を超えています 。幻覚の頻度は18パーセントであり、幻聴よりも幻視が出現しやすい傾向があります 。
2. 「さっき置いた場所」が思い出せずパニックになるケース
- 状況
- 本人が大切な物をしまい込み、その事実を忘れて「盗まれた」と騒ぎ出す
- 困りごと
- 「一緒に探そう」と提案しても、「隠した場所を知っているはずだ」と疑いが深まる
- よくある誤解
- 「さっき自分でそこに置きましたよ」と事実を伝えれば納得してくれると思う
- 押さえるべき視点
- 遅延再生(※1)の障害により、ヒントを提示されても思い出すことが困難になっています
認知機能障害の中で最も中核的なのは記憶障害であり、特に遅延再生課題でヒントが出ても正解しにくい点が特徴です 。言語面では物の名前がわからなくなる健忘失語が目立ち、進行すると復唱は保たれるものの意味理解が困難な状態になることもあります 。
※1 遅延再生(ちえんさいせい):覚えたことを一定時間あとに思い出すこと 。
出典元の要点(要約)
日本神経学会認知症疾患診療ガイドライン 2017 第6章 Alzheimer型認知症
https://www.neurology-jp.org/guidelinem/degl/degl_2017_06.pdf
認知機能障害の中で最も中核的なのは記憶障害であり、特に遅延再生課題でヒントが出ても正解しにくい点が特徴です 。言語面では物の名前がわからなくなる健忘失語が目立ち、進行すると復唱は保たれるものの意味理解が困難な超皮質性感覚失語の像を呈することもあります 。
3. 進行とともに不安や興奮が激しくなるケース
- 状況
- 日中は穏やかでも、ふとした瞬間に強い不安に襲われ「誰かが部屋に入った」等の訴えが増える
- 困りごと
- 他の利用者の対応で忙しい時間帯に重なり、落ち着かせるための十分な時間が取れない
- よくある誤解
- 単なる「わがまま」や「性格の変化」であると捉えてしまう
- 押さえるべき視点
- 進行とともに約8割の方にBPSD(※2)が出現し、アパシーや易怒性が家族や職員の負担となります
患者の約80パーセントに進行とともにBPSDが出現し、アパシー(無関心)や易怒性、幻覚などが家族の負担となります 。記憶障害を伴う軽度認知障害(amnestic MCI)からは、3年でおよそ半数の49パーセントが認知症を発症するとされています 。
※2 BPSD(ビーピーエスディー):認知症に伴う行動・心理症状のこと 。
出典元の要点(要約)
日本神経学会認知症疾患診療ガイドライン 2017 第6章 Alzheimer型認知症
https://www.neurology-jp.org/guidelinem/degl/degl_2017_06.pdf
患者の約80パーセントに進行とともにBPSDが出現し、アパシーや易怒性、幻覚などが家族の負担となります 。記憶障害を伴う軽度認知障害(amnestic MCI)からは、3年でおよそ半数の49パーセントが認知症を発症するとされています 。
物盗られ妄想の事例に共通しているのは、本人が記憶の欠落を「誰かのせい」にせざるを得ない脳の状態にあるということです。現場の忙しさの中で、一つひとつの訴えに完璧に答えることは困難ですが、これらが高い頻度で発生する病状であると知ることで、スタッフ自身の心理的負担を軽減させることが重要です。
「物盗られ妄想」が起きる構造的な理由と否定が招くリスク
現場では、明らかに本人がしまい忘れた物について「あなたが盗んだ」と責められると、つい「さっき自分で棚に入れましたよ」と事実を正そうとしてしまいます。しかし、正論で返せば返すほど本人の怒りが増し、不穏な状態が悪化していくという現実に、多くの介護職が「どう接するのが正解なのか」と頭を悩ませています。こうした事態が起きる背景には、アルツハイマー型認知症特有の脳の障害と、そこから生じる深刻な不安が複雑に絡み合っています。
理由1:記憶の欠落を埋めようとする脳の働き
アルツハイマー型認知症では、新しい情報を覚えたり、過去の出来事を思い出す能力が著しく低下します。特に以下の理由により、本人の世界では「盗まれた」以外の説明がつかなくなっています。
- 近時記憶の障害
- つい数分前や数時間前の行動を忘れてしまうため、自分が物を置いた事実そのものが消失します。
- 遅延再生の困難さ
- 周囲から「あそこに置きましたよ」とヒントを出されても、正解を導き出すことが極めて難しくなっています。
- つじつま合わせ
- 「目の前から物がなくなった」という現実に対し、記憶の欠落を補うために、本人の主観では最も合理的な「誰かに取られた」という解釈が生まれます。
出典元の要点(要約)
日本神経学会認知症疾患診療ガイドライン 2017 第6章 Alzheimer型認知症
https://www.neurology-jp.org/guidelinem/degl/degl_2017_06.pdf
認知機能障害の中で最も中核的なのは記憶障害であり、特に遅延再生課題でヒントが出ても正解しにくい点が特徴です。言語面では物の名前がわからなくなる健忘失語が目立ち、進行すると復唱は保たれるものの意味理解が困難な超皮質性感覚失語の像を呈することもあります。
理由2:「病識の低下」により自分の間違いに気づけない
アルツハイマー型認知症の大きな特徴の一つに、自分の能力の低下や、記憶の誤りを自覚できない「病識の低下」があります。
- 取り繕い反応
- 自分の失敗を認めることが難しく、無意識のうちに状況を正当化しようとする反応(取り繕い)が見られます。
- 客観性の喪失
- 自分が忘れた可能性を考慮できないため、介護側の「事実に基づく説明」は、本人にとって「自分を騙そうとする攻撃」と受け取られてしまいます。
- 判断能力の低下
- 物事の前後関係や理屈を組み立てる遂行機能が低下しており、感情的な混乱が先行しやすくなります。
出典元の要点(要約)
日本神経学会認知症疾患診療ガイドライン 2017 第6章 Alzheimer型認知症
https://www.neurology-jp.org/guidelinem/degl/degl_2017_06.pdf
診断においては、潜行性に発症し緩徐に進む経過、近時記憶障害、病識の低下や取り繕い反応といった特徴的な対人行動が診断の一助となります。初期から顕著な麻痺などの局所神経症候が見られることはまれです。
理由3:否定による「不快な感情」だけが長く残るリスク
介護職が「盗んでいない」と否定したり、説得しようとしたりすることは、本人にとって解決にならないだけでなく、以下の二次的な症状を招く恐れがあります。
- 感情の残留
- 出来事そのものは忘れても、否定された際に感じた「怒り」や「悲しみ」という感情だけが強く脳に残ります。
- 症状の悪化
- 執拗な説得は本人の不安をさらに煽り、興奮や易刺激性(怒りっぽさ)を増強させる引き金となります。
- 信頼関係の崩壊
- 否定し続けることで、本人は介護者を「敵」と見なすようになり、結果としてBPSD(行動・心理症状)がさらに激しくなる悪循環に陥ります。
出典元の要点(要約)
日本神経学会認知症疾患診療ガイドライン 2017 第6章 Alzheimer型認知症
https://www.neurology-jp.org/guidelinem/degl/degl_2017_06.pdf
BPSDの中でもアパシーは30から80パーセントと最も頻度が高く、自発性低下により日常生活に支鎖をきたします。妄望では物盗られ妄想が過半数を占め、中等症以上では徘徊や興奮、易刺激性などの多動や落ち着きのなさが目立つようになります。
物盗られ妄想は、本人のわがままや性格の問題ではなく、記憶障害や病識の低下という脳のトラブルが原因で生じています。そのため、真実を突きつける「否定」は火に油を注ぐ行為となり、かえって現場の負担を重くしてしまいます。本人の脳の状態を正しく理解し、事実の正誤を争わない姿勢を持つことが、結果として介護者自身の身を守ることに繋がります。
物盗られ妄想に関するよくある質問
- Q物盗られ妄想の訴えに対して、否定も肯定もせず接するというのは具体的にどうすればよいですか。
- A
本人の訴えが事実ではないとわかっていても、それを正そうと否定したり論破したりせず、まずは不安な気持ちを受け止める受容的・共感的態度が重要です。本人の世界では「盗まれた」という現実は真実であり、周囲に疑いを向けざるを得ないほど不安を感じていることを理解し、安心感を与えることを最優先にします。
出典元の要点(要約)
日本神経学会
認知症疾患診療ガイドライン2017
https://www.neurology-jp.org/guidelinem/degl/degl_2017_03.pdf
幻覚・妄想への対応として、本人の訴えを否定も肯定もせずに受容的・共感的態度で接し安心感を与えることが重要である 。家族内の特定の人が対象となる場合は介護サービス等を利用して距離をとる方法が有用である 。抗認知症薬を含めた薬剤が関与している可能性も考慮する。
- Q特定の介護スタッフが犯人扱いされて現場が疲弊しています。どのような対策が有効ですか。
- A
特定の人物が妄想のターゲットになる場合、そのスタッフと本人の間に時間的・物理的な距離を置くことが極めて有効です。これは逃げではなく、ガイドラインでも推奨される正式な対応策です。担当を変えたり、外部の介護サービスを利用して環境を調整したりすることで、お互いの心理的負担を軽減することが可能です。
出典元の要点(要約)
日本神経学会
認知症疾患診療ガイドライン2017
https://www.neurology-jp.org/guidelinem/degl/degl_2017_03.pdf
幻覚・妄想に対しては受容的に接して不安を軽減させることを第一に考え、特定の人が対象の場合は時間的・物理的距離をとることを考える。改善しない場合はリスペリドン、オランザピン、クエチアピン、アリピプラゾールなどの非定型抗精神病薬を検討する。
- Q事実を丁寧に説明すれば、いつかはわかってもらえるのではないでしょうか。
- A
アルツハイマー型認知症では「病識の低下」や「取り繕い反応」が特徴であり、自分の記憶が誤っている可能性を自覚することが難しくなっています。また、数分前の出来事を思い出す「遅延再生」に強い障害があるため、どれほど論理的に説明しても納得を得ることは困難であり、かえって本人の混乱や興奮を招くリスクが高くなります。
出典元の要点(要約)
日本神経学会
認知症疾患診療ガイドライン 2017 第6章 Alzheimer型認知症
https://www.neurology-jp.org/guidelinem/degl/degl_2017_06.pdf
認知機能障害の中で最も中核的なのは記憶障害であり、特に遅延再生課題でヒントが出ても正解しにくい点が特徴である 。診断においては、潜行性に発症し緩徐に進む経過、近時記憶障害、病識の低下や取り繕い反応といった特徴的な対人行動が診断の一助となる 。
- Q薬で物盗られ妄想を抑えることはできますか。
- A
まずは非薬物療法(接し方の工夫や環境調整)を優先するのが原則です。ただし、妄想によって他者に危害を加える可能性が高いなど、緊急性や重度の不利益がある場合には、医師の判断により抗精神病薬などの投与が検討されることがあります。その際も、転倒や誤嚥などの副作用のリスクを十分に考慮し、少量から開始することが推奨されています。
出典元の要点(要約)
日本神経学会
認知症疾患診療ガイドライン2017
https://www.neurology-jp.org/guidelinem/degl/degl_2017_03.pdf
薬物療法は非薬物療法によってBPSDを減少させる十分な努力を行った後にのみ行われるべきである 。薬物投与を優先すべき例外的状況として、他者に危害を加える可能性が高い妄想、自分自身や他者を危険にさらす原因となる攻撃性などが挙げられる 。
まとめ:否定を避け、安心と距離を優先するケアへ
アルツハイマー型認知症に伴う物盗られ妄想は、本人のわがままや性格の問題ではなく、記憶障害や病識の低下という脳の病態から生じる避けがたい症状です。約半数の方に現れるこの症状に対し、事実を説得しようとする「否定」は、本人の不安を煽り、介護現場の負担をさらに重くするリスクがあります。
大切なのは、正しい情報を伝えることよりも、まずは本人の言葉を受容し、安心感を提供することです。また、特定のスタッフや家族がターゲットとなり、現場が疲弊している場合には、介護サービス等を活用して時間的・物理的な距離を置くことが、ガイドラインでも推奨される現実的かつ有効な解決策となります。
日々の介助の中で、理想通りの対応が難しい場面も多いかと思いますが、「否定を避ける」「困難な時は距離を置く」という核心のポイントを意識するだけでも、関わり方は少しずつ変わっていきます。この記事の内容が、本人と介護者双方の穏やかな生活に繋がる一助となれば幸いです。
最後までご覧いただきありがとうございます。この記事がお役に立てれば幸いです。
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更新履歴
- 2025年12月28日:新規投稿


