冬の足音が近づくと、現場には独特の緊張感が走りますね。 「熱発者はいないか」「咳をしている人はいないか」と、 神経をすり減らしながらケアにあたっておられることと思います。
特にインフルエンザが流行し始めると、 「いつもの消毒で大丈夫?」「念のため全部ハイターで拭こう」と、 過剰な業務負担を抱えていませんか?
実は、インフルエンザ対策において、 その労力の一部は「アルコール」に置き換えることが可能です。
この記事では、厚生労働省のガイドラインに基づき、 インフルエンザ流行期におけるテーブル・手すり消毒の 「正解」と「効率的な手順」を解説します。
この記事を読むと分かること
- インフルエンザにアルコールが有効な理由(根拠)が分かります
- 次亜塩素酸ナトリウムによる「二度拭き」の手間を減らし、業務時間を短縮できます
- 消毒による手すりやテーブルの変色・腐食(サビ)を防ぐことができます
- ノロウイルスとの混合流行時など、迷った時の判断基準が持てます
一つでも当てはまったら、この記事が役に立ちます
インフルエンザは「アルコール」で勝てる

「ノロウイルスにはアルコールが効かない」という知識が浸透しているあまり、「インフルエンザもアルコールじゃダメなんじゃないか?」と不安に思っていませんか?
実は、インフルエンザ対策においては、アルコール(消毒用エタノール)が非常に有効です。まずはこの大原則を押さえましょう。
インフルエンザウイルスには「アルコール」が効く
ウイルスには、消毒薬への抵抗力が強いものと弱いものがいます。インフルエンザウイルスは、消毒用エタノールで膜(エンベロープ)を破壊できるため、アルコール消毒で十分に不活化(死滅)させることができます。
厚生労働省のマニュアルでも、インフルエンザの飛沫感染・接触感染対策として、手すりやドアノブ等の消毒には「消毒用エタノール」の使用が推奨されています。
出典元の要点(要約)
厚生労働省高齢者介護施設における感染対策マニュアル 改訂版(付録5:消毒法について)
https://www.mhlw.go.jp/content/000500646.pdf
「消毒薬の抗微生物スペクトル18と適用対象」として、表に「消毒用エタノール」「次亜塩素酸ナトリウム」等を掲げる。「消毒用エタノール」は「細菌 ◎」「結核菌 ◎」「芽胞 ×」「真菌 ◎」「ウイルス ◎※」「手指 ◎」「環境 ○」とされる。「注※)ノロウイルスなどについては、あまり効果がない。」と追記し、ノロへの限界を示す。
狙うべきは「飛沫」が落ちる場所と「手」が触れる場所
インフルエンザの主な感染経路は「飛沫感染」と「接触感染」です。
- 飛沫感染:咳やくしゃみでウイルスが飛び散る(1〜2m以内)。
- 接触感染:飛び散ったウイルスが付着したテーブルや手すりを触った手で、口や鼻を触る。
したがって、やみくもに床を消毒するよりも、飛沫が落下しやすい「食後のテーブル」や、多くの人が触れる「手すり」をピンポイントでアルコール消毒することが、最も効率的な対策となります。
出典元の要点(要約)
厚生労働省老健局介護現場における感染対策の手引き 第3版
https://www.mhlw.go.jp/content/12300000/001155694.pdf
本手引きは、飛沫感染の特徴として、「飛沫は咳・くしゃみ・会話などにより生じ、飛沫は空気中を漂わず、空気中で短距離(1~2 m 以内)しか到達しない」と説明し、主な病原体として「インフルエンザウイルス…新型コロナウイルス 等」を挙げる。飛沫感染では、飛沫が落ちた周囲の物品を介して「接触感染も起こりうるため、接触が多い共用設備(手すり、ドアノブ、パソコンのキーボード等)の消毒を行う」必要があると記載されている。
過剰な次亜塩素酸の使用は「モノ」を傷める
「念のため」といって、インフルエンザ対策でもすべて次亜塩素酸ナトリウム(ハイター等)で拭いていませんか?
次亜塩素酸はもちろんインフルエンザにも有効ですが、金属を腐食(サビ)させたり、臭気が強かったり、手指に付くと荒れたりするデメリットがあります。ノロウイルス対策が必要な場面(嘔吐・下痢)以外では、扱いやすく素材へのダメージが少ないアルコールを選択することが、継続的な環境整備のコツです。
出典元の要点(要約)
厚生労働省老健局介護現場における感染対策の手引き 第3版
https://www.mhlw.go.jp/content/12300000/001155694.pdf
本手引きでは、消毒薬の特性として「消毒用エタノール」は「環境、器具等のほか、皮膚にも使用できます」とされる一方、「次亜塩素酸ナトリウム」は「強力な消毒効果」があるものの「皮膚には使用できません」と記載されている。また、金属腐食の可能性があるため、次亜塩素酸ナトリウム使用後は水拭きが必要となるなどの注意点が示されている。
【実践編】インフルエンザ流行期の正しい手順とNG行動

インフルエンザが施設内で発生した場合、あるいは地域で流行している場合、テーブルと手すりの消毒は「ウイルスの拡散」を防ぐための最重要業務になります。ここでは正しい手順と、やってはいけないNG行動を解説します。
正しい手順:アルコールで「一方向」に拭き取る
テーブルも手すりも、基本の手順は同じです。
- 洗浄:目に見える汚れ(食べこぼしや手垢)があれば、まず水拭きや洗剤で落とし、乾かします。
- 含ませる:乾いた布やペーパータオルに、消毒用エタノールを十分に含ませます。
- 清拭:塗り広げないよう、「一方向」に拭き上げます。
アルコールは揮発(蒸発)する際に消毒効果を発揮します。びしゃびしゃにする必要はありませんが、全体をまんべんなく拭くことが大切です。
出典元の要点(要約)
厚生労働省老健局介護現場における感染対策の手引き 第3版
https://www.mhlw.go.jp/content/12300000/001155694.pdf
手引きの「対象物による消毒方法」では、「消毒用エタノール 原液(70~95%)」の用途として、「ドアノブ、 食卓用テーブル、 職員ロッカー パソコン、電話機器」が挙げられ、「消毒用エタノールで清拭する」と明記されている。環境表面に対するアルコール消毒の具体例が示されており、インフルエンザ対策としての環境整備に適用される。
NG行動① 空間や手すりに「スプレー噴霧」する
「空気が悪いから」と空間にアルコールを撒いたり、手すりに直接吹きかけてから拭いたりしていませんか?
これは厚生労働省が禁止している行為です。スプレー噴霧はウイルスを舞い上がらせるだけでなく、吸い込んだ職員や利用者の呼吸器を傷つける恐れがあります。必ず「布に含ませてから拭く」を徹底してください。
出典元の要点(要約)
厚生労働省高齢者介護施設における感染対策マニュアル 改訂版
https://www.mhlw.go.jp/content/000500646.pdf
本マニュアルの「その他の注意事項」では、広範囲の拭き掃除へのアルコール製剤の使用とは別に、「室内環境でのアルコールや次亜塩素酸ナトリウム液等の噴霧は、職員および入所者の健康被害につながるため、行わないようにします」と明確に禁止している。
NG行動② 汚れた雑巾を「往復」させて拭く
ゴシゴシと力を入れて、雑巾を左右に往復させていませんか?
往復拭きは、一度拭き取ったウイルスを再び塗りつけてしまう行為です。また、汚れた面を使い続けることも同様です。「一方向」に拭き、雑巾の面をこまめに変えながら、常にきれいな面が当たるようにしてください。
出典元の要点(要約)
厚生労働省老健局介護現場における感染対策の手引き 第3版
https://www.mhlw.go.jp/content/12300000/001155694.pdf
本手引きは、環境清掃の細かな手順も示しており、清掃の順序として「部屋の奥から入口方向」「一方向での拭き取り」「汚染度の高いところを最後に清掃」するといった基本を示し、「トイレ、洗面所、汚染場所用と居室用のモップは区別して使用、保管」することで、清掃用具による二次汚染を防ぐ視点を示している。
NG行動③ 濡れたままの場所にアルコールを使う
水拭き直後の濡れたテーブルや手すりに、アルコールを使っていませんか?
水分が残っているとアルコール濃度が薄まり、殺菌効果が低下します。特に冬場は乾燥しにくいため注意が必要です。「水分を拭き取ってから」または「乾いてから」アルコール消毒を行ってください。
出典元の要点(要約)
厚生労働省高齢者介護施設における感染対策マニュアル 改訂版(付録5:消毒法について)
https://www.mhlw.go.jp/content/000500646.pdf
付録5では、速乾性手指消毒薬を用いる「擦式法(ラビング法)」について、「手が汚れているときには無効であることに注意します」と明確に指摘している。これは環境消毒にも適用される原則であり、水分や汚れによる希釈・阻害を防ぐため、適切な清掃(洗浄)と乾燥の後に消毒を行う必要がある。
「なぜ?」を知れば、ケアの質が変わる

「ノロは次亜塩素酸、インフルはアルコール」。丸暗記でも対応はできますが、理由を知っておくと、イレギュラーな場面(合併流行など)でも迷わなくなります。ここではウイルスの構造からその理由を解説します。
なぜインフルエンザには「アルコール」が効くのか?
インフルエンザウイルスは、「エンベロープ」という脂質の膜をまとっています。この膜はアルコールに弱く、消毒用エタノールに触れると簡単に壊れてしまいます。膜が壊れたウイルスは感染力を失います(死滅します)。
一方、ノロウイルスはこの膜を持たず、硬い殻(カプシド)で守られているため、アルコールが効きにくいのです。
- 膜あり(インフル、コロナ):アルコールで壊せる(有効)
- 膜なし(ノロ):アルコールで壊せない(無効)
この違いが、消毒薬選びの最大の根拠です。
出典元の要点(要約)
厚生労働省高齢者介護施設における感染対策マニュアル 改訂版(付録5:消毒法について)
https://www.mhlw.go.jp/content/000500646.pdf
「消毒薬の抗微生物スペクトル18と適用対象」として、表に「消毒用エタノール」「次亜塩素酸ナトリウム」等を掲げる。「消毒用エタノール」は「細菌 ◎」「結核菌 ◎」「芽胞 ×」「真菌 ◎」「ウイルス ◎※」「手指 ◎」「環境 ○」とされる。「注※)ノロウイルスなどについては、あまり効果がない。」と追記し、ノロへの限界を示す。
なぜテーブルと手すりが「重点箇所」なのか?
インフルエンザは、咳やくしゃみなどの「飛沫」によって広がりますが、その飛沫が直接人の顔にかかるだけではありません。
- 感染者が咳をする(手で押さえる)。
- ウイルスがついた手で手すりやテーブルを触る。
- 別の人がその場所を触り、自分の口や鼻を触る(接触感染)。
このルートを断つためには、誰もが触れる「手すり」と、飛沫が落下する「テーブル」の消毒が最も効果的です。床や壁よりも、ここを優先して消毒することで、感染のリスクを大幅に下げることができます。
出典元の要点(要約)
厚生労働省老健局介護現場における感染対策の手引き 第3版
https://www.mhlw.go.jp/content/12300000/001155694.pdf
接触感染について、本手引きは「感染している人との接触や汚染された物との接触による感染。」と定義し、「汚染された物(ドアノブ、手すり、食器、器具等)を介して伝播がおこる間接接触感染がある」と具体例を挙げる。そのため環境面の対策として、「接触が多い共用設備(手すり、ドアノブ、パソコンのキーボード等)の消毒を行う」ことが推奨され、高頻度接触面の消毒が重要視されている。
現場の疑問を解決!インフルエンザ消毒のQ&A
インフルエンザ流行期は業務も多忙を極めます。「実際、これはどうなの?」という現場の疑問に、ガイドラインに基づいた回答をまとめました。
- Q不安なので、インフルエンザの時もハイター(次亜塩素酸)を使ってもいいですか?
- A
効果はありますが、推奨は「アルコール」です。
次亜塩素酸ナトリウムはインフルエンザウイルスにも有効です。しかし、以下の理由から、日常的な清掃にはアルコールの方が適しています。
- 腐食性:次亜塩素酸は金属をサビさせ、布を漂白します。使用後に必ず「水拭き」が必要で、手間が増えます。
- 安全性:手荒れや臭気のリスクがあります。
「嘔吐物があった場合」などを除き、テーブルや手すりには扱いやすいアルコール清拭をおすすめします。
出典元の要点(要約)
厚生労働省老健局
介護現場における感染対策の手引き 第3版
https://www.mhlw.go.jp/content/12300000/001155694.pdf
本手引きでは、消毒薬の選択について「各消毒薬の特性や、病原微生物の消毒抵抗性にも違いがある」とし、病原体に応じた選択を求めている。インフルエンザ等(膜あり)にはアルコールが有効であり、次亜塩素酸ナトリウムは「金属を腐食させる」「皮膚には使用できない」等の注意点があることから、対象物や状況に応じた適切な使い分けが必要であると示唆されている。
- Q消毒は1日何回やればいいですか?
- A
回数よりも「タイミング」が重要です。
明確に「1日◯回」という規定はありませんが、感染リスクが高まるタイミングで実施することが効果的です。
- テーブル:毎食後の片付け時(1日3回)。
- 手すり:利用者が多く移動した後や、職員のシフトの変わり目など、定期的(1日1〜2回以上)に行うことが望ましいです。
出典元の要点(要約)
一般社団法人 日本環境感染学会
高齢者介護施設における感染対策 第1版
https://www.kankyokansen.org/uploads/uploads/files/jsipc/koreisyakaigoshisetsu_kansentaisaku.pdf
この文書では、環境・器材の消毒対象として「よく触れられるところ(ドアの取っ手、手すり等)」を挙げ、「ここを中心に環境消毒しましょう」と示している。回数についての厳密な規定はないが、高頻度接触面であることを踏まえ、日常的な清掃・消毒の中に組み込むことが求められている。
- Qノロとインフルが同時に流行したらどうすればいいですか?
- A
より強い「ノロウイルス対策」に合わせます。
両方が流行している場合、あるいはどちらか判別がつかない場合は、抵抗力が強いノロウイルスに合わせて「次亜塩素酸ナトリウム」を使用するのが安全です。
次亜塩素酸ナトリウムは、ノロにもインフルエンザにも両方効きます(大は小を兼ねる)。ただし、その場合は金属部分の「水拭き」を忘れずに行ってください。
出典元の要点(要約)
厚生労働省
高齢者介護施設における感染対策マニュアル 改訂版(付録5:消毒法について)
https://www.mhlw.go.jp/content/000500646.pdf
「抗微生物スペクトル」の表において、次亜塩素酸ナトリウムはウイルス全般(ノロ含む)に有効(◎)とされている一方、消毒用エタノールはノロウイルスには効果が弱い(注※)とされている。したがって、混合流行時や原因不明時は、より広範囲に効く次亜塩素酸ナトリウムを選択することが感染制御の原則となる。
まとめ:インフルエンザは「アルコール」で効率的に防ぐ
インフルエンザの流行期は、業務負担も大きくなりがちです。だからこそ、正しい知識で「無駄な作業」を減らし、効果的な対策に集中することが大切です。
今日からできる!インフルエンザ対策3つのポイント
- 基本は「アルコール」:インフルエンザにはアルコールが効きます。次亜塩素酸は必須ではありません。
- 「一方向」に拭く:往復させず、スプレー噴霧もやめましょう。
- 重点は「テーブルと手すり」:飛沫が落ちる場所、手が触れる場所を優先します。
出典元の要点(要約)
厚生労働省老健局介護現場における感染対策の手引き 第3版
https://www.mhlw.go.jp/content/12300000/001155694.pdf
手引きの「対象物による消毒方法」では、手すり、ドアノブ、食卓用テーブル等は「消毒用エタノールで清拭する」と明記されている。これは、日常的な高頻度接触面の消毒において、アルコール清拭が標準的な手順であることを示しており、インフルエンザ対策としてもこの基準が適用される。
正しい知識は、現場の「ゆとり」を生む
「何でもかんでもハイターで拭かなきゃ」というプレッシャーから解放されるだけで、現場の負担は少し軽くなります。
インフルエンザにはアルコール、ノロには次亜塩素酸。この使い分けをチームで共有し、メリハリのある感染対策で、冬の流行期を乗り越えていきましょう。
出典元の要点(要約)
厚生労働省感染対策の基礎知識|1 感染対策の原則
https://www.mhlw.go.jp/content/000501120.pdf
この資料は、感染症は「①病原体(感染源)②感染経路 ③宿主」の3つの要因がそろって成立すると説明し、感染対策ではこの3要因のうち一つでも断つことが重要とする。そのうえで、病原体を「1|持ち込まない 2|持ち出さない 3|拡げない」が基本と整理し、「高齢者施設における感染制御の基本」として「感染経路の遮断」を強調している。
最後までお読みいただき、本当にありがとうございました。 この記事が、多忙な流行期における皆様の業務の助けとなり、利用者様の安全を守る一助となれば幸いです。
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更新履歴
- 2025年11月25日:新規投稿


