食事介助中に高齢者がムセる姿を見てヒヤリとしても、多忙な現場ではとりあえずのトロミ調整や様子見で精一杯になってしまうことがあるのではないでしょうか。「本当はもっとケアしたい」と思いつつ、専門的なリハビリまでは手が回らないのが実情です。
しかし、特別な道具がなくても原因を見抜き、楽しみながらできる対応があります。明日からのレクや声かけに無理なく取り入れられる、エビデンスに基づいたオーラルフレイル対策のポイントを押さえておきましょう。
この記事を読むと分かること
- ムセる原因が「口の虚弱」とわかる
- 道具不要の指輪っかテストを知れる
- 遊び感覚でできる機能訓練法
- 「年のせい」と諦めない根拠
- 利用者のやる気を引き出すコツ
一つでも当てはまったら、この記事が役に立ちます
結論:「年のせい」で片付けない。ムセは「戻せる」サインです

介護現場では、利用者がお茶や食事でムセる姿を見ても、「高齢だから仕方ない」「嚥下機能が落ちているから、トロミをつけよう」と、老化現象の一つとして受け入れてしまいがちではないでしょうか。日々の業務に追われる中では、症状が出てからの対症療法が精一杯になり、予防的なアプローチまで手が回らないのが現実です。しかし、そのムセは単なる老化ではなく、適切な対策で改善が見込める「オーラルフレイル(口の虚弱)」のサインかもしれません。
「ムセ」は老化ではなく「オーラルフレイル」の危険信号
健康な状態と要介護状態の中間には、フレイル(虚弱)と呼ばれる段階があります。柏市の取り組みなどでも示されているように、この段階は「可逆的」、つまり適切な介入を行えば健康な状態に戻ることができる時期とされています。
特に「滑舌が悪くなる」「食べこぼす」「わずかにムセる」といった口の機能低下(オーラルフレイル)は、身体的なフレイルの前兆であり、全身の衰えの入り口となります。これを「年のせい」と見過ごさず、自分のこととして早めに対策をとることが、将来の誤嚥性肺炎や要介護状態を防ぐカギとなります。
出典元の要点(要約)
厚生労働省アフターサービス推進室高齢者の口腔と摂食嚥下の機能維持・向上のための取組に関する調査
https://www.mhlw.go.jp/iken/after-service-vol25/dl/after-service-vol25_houkoku.pdf
鏡野町の教室では、歯科医師が健康寿命を延ばすためにフレイル予防と口腔機能の維持・向上が重要であること、むせるなど飲み込む力の衰え(オーラルフレイル)の兆しがあれば自分のこととして早めに対策を取る必要があることを説明している。
道具はいらない。「指輪っかテスト」でリスクを見える化
忙しい現場で専門的な検査を行うことは困難ですが、特別な道具を使わずにリスクを判定する方法があります。それが「指輪っかテスト」です。両手の親指と人差し指で輪を作り、ふくらはぎの太さを囲むだけの簡易なチェック法ですが、筋肉量の減少(サルコペニア)のリスクに気づく有効な手法として導入されています。
このテストは、エビデンスによる裏付けを得て考案されたものであり、「囲めてしまう(隙間ができる)」場合は筋肉量が低下しているサインです。結果を「青信号・赤信号シール」などで可視化することで、利用者自身が自分の状態を「自分事」として実感し、予防に取り組む意欲を引き出すことができます。
出典元の要点(要約)
厚生労働省アフターサービス推進室高齢者の口腔と摂食嚥下の機能維持・向上のための取組に関する調査
https://www.mhlw.go.jp/iken/after-service-vol25/dl/after-service-vol25_houkoku.pdf
柏市のフレイルチェックでは、「指輪っかテスト」が導入されている。これは両手の親指と人差し指で作った輪でふくらはぎを囲み筋肉量の変化を定点測定するもので、サルコペニアを含む「痩せ」のリスクに気付く手法とされる。結果の良否については参加者自身が青信号・赤信号シールを貼ることで、自らの状態を「自分事化」して実感できる仕組みとしている。
「吹き戻し」や「早口言葉」で、楽しみながら機能を維持する
機能低下を防ぐためには、日々のトレーニングが不可欠ですが、単調な運動は長続きしません。そこで有効なのが、昔ながらの玩具「吹き戻し」や、「早口言葉」、顔パネルなどを用いたプログラムです。
鏡野町の「生きいき教室」や柏市の講座では、歯科衛生士がこれらを活用した「健口体操」を指導しており、参加者が楽しみながら口腔機能の維持・向上に取り組んでいます。呼吸法や姿勢を含めた全身的なアプローチとして、現場のレクリエーションに取り入れることで、無理なく継続的な支援が可能になります。
出典元の要点(要約)
厚生労働省アフターサービス推進室高齢者の口腔と摂食嚥下の機能維持・向上のための取組に関する調査
https://www.mhlw.go.jp/iken/after-service-vol25/dl/after-service-vol25_houkoku.pdf
鏡野町の教室では、歯科衛生士が口腔ケアの留意点や「健口体操」、早口言葉、舌の出入れができる人の顔パネルや昔ながらの玩具「吹き戻し」を用いたトレーニングなどの実地指導を行っている。
「ムセ」は老化ではなく、対策可能なサインです。現場の気づきと、指輪っかテストのような簡易ツールを組み合わせることで、利用者の「食べる力」と「全身の健康」を守ることができます。
現場でよくある「口の機能低下」にまつわる悩み3選

介護現場では、利用者の「ムセ」や「滑舌の悪さ」に気づいていても、日々の業務に追われて「様子見」になってしまったり、良かれと思って提案した体操を拒否されてしまったりすることがあります。ここでは、現場で頻繁に直面する「困りごと」と、エビデンスに基づいた「打開策」の事例を紹介します。
【事例1】「俺はボケてない」と口腔体操に参加してくれない
- 状況
- デイサービスで食事前の口腔体操を促すが、男性利用者が「子供だましだ」「俺は元気だ」と言って参加してくれない。
- 困りごと
- 職員は機能維持のために必要だと感じているが、プライドを傷つけずに参加を促す言葉が見つからず、結局参加しないまま放置されている。
- よくある誤解
- 「健康体操は、全員一律に『やりましょう』と声をかけるしかない」
- 押さえるべき視点
- 漠然とした勧誘ではなく、客観的な指標を示すことが有効です。「指輪っかテスト」を用いてふくらはぎの太さを測り、筋肉量減少(サルコペニア)のリスクを可視化することで、「自分の筋肉が落ちている」と自覚(自分事化)し、予防活動への意欲が変わることがあります。
出典元の要点(要約)
厚生労働省アフターサービス推進室高齢者の口腔と摂食嚥下の機能維持・向上のための取組に関する調査
https://www.mhlw.go.jp/iken/after-service-vol25/dl/after-service-vol25_houkoku.pdf
柏市のフレイルチェックでは、「指輪っかテスト」が導入されている。指輪っかテストは両手の親指と人差し指で作った輪でふくらはぎを囲み筋肉量の変化を定点測定するもので、サルコペニアを含む「痩せ」のリスクに気付く手法とされる。結果の良否については参加者自身がシールを貼ることで、自らの状態を「自分事化」して実感できる仕組みとしている。
【事例2】お茶でのムセを「年のせい」と見過ごしてしまう
- 状況
- 食事中、汁物やお茶で軽くムセる利用者がいるが、食事自体は完食できている。
- 困りごと
- 職員間で「最近よくムセるね」と話題にはなるものの、「高齢だし仕方ない」「まだトロミをつけるほどではない」と判断し、特に対策をとらないまま経過している。
- よくある誤解
- 「ムセるのは老化現象であり、治るものではない」
- 押さえるべき視点
- 些細なムセはオーラルフレイル(口の虚弱)の兆しです。この段階は「老化」とは異なり、早期に対策をとれば機能回復が可能です。見過ごさずに「健口体操」などのプログラムを取り入れることで、健康寿命を延ばすことにつながります。
出典元の要点(要約)
厚生労働省アフターサービス推進室高齢者の口腔と摂食嚥下の機能維持・向上のための取組に関する調査
https://www.mhlw.go.jp/iken/after-service-vol25/dl/after-service-vol25_houkoku.pdf
鏡野町の「口腔機能の向上」教室では、歯科医師が健康寿命を延ばすためにフレイル予防と口腔機能の維持・向上が重要であること、むせるなど飲み込む力の衰え(オーラルフレイル)の兆しがあれば自分のこととして早めに対策を取る必要があることを説明している。
【事例3】「パタカラ体操」ばかりでマンネリ化している
- 状況
- 誤嚥予防のために口腔体操を行っているが、毎日同じ「パタカラ」の発声練習ばかりで、利用者も職員も飽きてしまっている。
- 困りごと
- 「何か新しいことを」と思っても、準備に時間をかけられず、エビデンスのあるプログラムが分からないため、結局いつもの体操を繰り返している。
- よくある誤解
- 「機能訓練は、真面目なトレーニングでなければ効果がない」
- 押さえるべき視点
- 楽しみながら継続できることが重要です。昔ながらの玩具「吹き戻し」や、早口言葉、顔パネルなどを用いたトレーニングは、遊びの要素を取り入れつつ口腔機能を向上させるプログラムとして、実際に自治体の教室で導入されています。
出典元の要点(要約)
厚生労働省アフターサービス推進室高齢者の口腔と摂食嚥下の機能維持・向上のための取組に関する調査
https://www.mhlw.go.jp/iken/after-service-vol25/dl/after-service-vol25_houkoku.pdf
鏡野町の教室では、歯科衛生士が口腔ケアの留意点や「健口体操」、早口言葉、舌の出入れができる人の顔パネルや昔ながらの玩具「吹き戻し」を用いたトレーニングなどの実地指導を行っている。
「参加してくれない」「年のせいだ」「ネタがない」といった現場の悩みも、エビデンスに基づいた視点を取り入れることで、利用者にとっても職員にとっても納得感のある解決策が見えてきます。
なぜ「ムセ」は「年のせい」で片付けられてしまうのか?

介護現場では、利用者が食事中にゴホゴホとムセる様子を見ても、「高齢だから仕方ない」「嚥下機能が落ちてきているから」と、加齢による自然な変化として受け入れてしまうことが少なくありません。日々の業務に追われる中では、熱発などの明らかな症状が出ない限り、「様子見」という名の現状維持が選ばれがちです。しかし、その背景には、私たちが陥りやすい「認識の罠」や、口腔機能特有の「分かりにくさ」が存在しています。
目に見えない器官だから、低下に気づきにくい
足腰の筋力が落ちて歩くのが遅くなれば、誰でもすぐに気づくことができます。しかし、口腔や摂食嚥下の機能は、外からは見えない体の中の筋肉や器官の働きであるため、他の運動器に比べて機能低下が見過ごされやすいという特徴があります。
「歩けなくなった」ことには危機感を抱いても、「噛めなくなった」「飲み込みにくくなった」ことは、本人も周囲も自覚しにくいのが現状です。そのため、ムセや食べこぼしといったサインが現れた時には、すでに機能低下が進行してしまっているケースも少なくありません。
出典元の要点(要約)
厚生労働省アフターサービス推進室高齢者の口腔と摂食嚥下の機能維持・向上のための取組に関する調査
https://www.mhlw.go.jp/iken/after-service-vol25/dl/after-service-vol25_houkoku.pdf
「(1)口腔と摂食嚥下の機能について学び・予防する」では、目に見えない器官である口腔と摂食嚥下の機能は他の運動器と異なり低下が見過ごされやすいと指摘される。介護予防段階で重要なのは、地域住民に対して口腔と摂食嚥下の機能の重要性を理解してもらい、飲込みに関係する筋肉や器官の機能低下の予防につながる取組を意識してもらうことである。
「老化」と「フレイル」を混同して諦めてしまっている
「もう年だから治らない」という思い込みも、適切な対応を遅らせる大きな要因です。しかし、健康と要介護状態の中間には「フレイル(虚弱)」という段階が存在します。この段階は、加齢により心身の活力が低下しているものの、適切な介入を行えば健康な状態に戻ることができる可逆的な時期です。
ムセや滑舌の悪さは、老化による不可逆的な変化ではなく、このフレイルのサイン(オーラルフレイル)である可能性があります。「戻せる可能性がある」という認識が不足しているために、本来なら防げたはずの機能低下を、「老化」として諦めてしまっている現状があります。
出典元の要点(要約)
厚生労働省アフターサービス推進室高齢者の口腔と摂食嚥下の機能維持・向上のための取組に関する調査
https://www.mhlw.go.jp/iken/after-service-vol25/dl/after-service-vol25_houkoku.pdf
報告書では、健康と要介護状態の中間的な段階として「フレイル」が紹介されている。フレイルは、「虚弱」を意味する「Frailty」を語源とし、加齢とともに心身の活力(筋力、認知機能、社会とのつながり)が低下した状態を指す概念である。柏市では、このフレイルの概念に基づき、比較的早期からの介入を図る新たな予防プログラムを展開しており、口腔や摂食嚥下の機能も含めて包括的に高齢者の虚弱予防に取り組んでいる。
客観的な「ものさし」がなく、危機感を共有しにくい
「ちょっと弱ってきたかも」という主観的な感覚だけでは、本人や家族、あるいは多職種間で危機感を共有するのは困難です。体重や血圧のように、口腔機能や全身の筋肉量を測る身近な「ものさし(指標)」が普及していなかったことも、対策が後手に回る一因です。
しかし現在では、エビデンスに基づいた「指輪っかテスト」などの簡易チェック法が考案されています。こうした客観的な基準を用いることで、漠然とした不安を「数値化・可視化」し、自分事として捉えることが可能になります。
出典元の要点(要約)
厚生労働省アフターサービス推進室高齢者の口腔と摂食嚥下の機能維持・向上のための取組に関する調査
https://www.mhlw.go.jp/iken/after-service-vol25/dl/after-service-vol25_houkoku.pdf
フレイルチェックの深掘りチェックでは、ふくらはぎの太さについて男性34㎝・女性32㎝以上といった基準値が設定されるなど、どの質問項目に対しても明確に「はい」「いいえ」で判定できるよう工夫されている。柏市のフレイルチェックは大規模コホート研究(高齢者縦断追跡調査)を基盤に、エビデンスによる裏付けを得ながら考案された手法であると位置づけられている。
見えにくく、年のせいと誤解されがちな「口の機能低下」ですが、正しい知識とチェック手法を持つことで、早期発見と改善への道が開けます。
よくある質問(FAQ)
- Q指輪っかテストはどうやって行えばいいですか?
- A
特別な道具は必要ありません。両手の親指と人差し指で輪を作り、ふくらはぎの最も太い部分を囲んでください。指同士が届かない、ちょうど届く、隙間ができる、といった状態で筋肉量の減少リスクを簡易的に判定します。
出典元の要点(要約)
厚生労働省アフターサービス推進室
高齢者の口腔と摂食嚥下の機能維持・向上のための取組に関する調査
https://www.mhlw.go.jp/iken/after-service-vol25/dl/after-service-vol25_houkoku.pdf
柏市のフレイルチェックでは、「指輪っかテスト」が導入されている。これは両手の親指と人差し指で作った輪でふくらはぎを囲み筋肉量の変化を定点測定するもので、サルコペニアを含む「痩せ」のリスクに気付く手法とされる 。
- Q利用者が口腔体操を「子供っぽい」と嫌がる場合はどうすればいいですか?
- A
ただの体操ではなく、昔懐かしい玩具や歌を取り入れてみるのが有効です。「吹き戻し(ピロピロ)」を使ったり、馴染みのあるメロディーに合わせた体操を行ったりすることで、楽しみながら自然と機能訓練に取り組んでもらえることがあります。
出典元の要点(要約)
厚生労働省アフターサービス推進室
高齢者の口腔と摂食嚥下の機能維持・向上のための取組に関する調査
https://www.mhlw.go.jp/iken/after-service-vol25/dl/after-service-vol25_houkoku.pdf
鏡野町の教室では、歯科衛生士が口腔ケアの留意点や「健口体操」、早口言葉、舌の出入れができる人の顔パネルや昔ながらの玩具「吹き戻し」を用いたトレーニングなどの実地指導を行っている 。
- Qオーラルフレイル(口の虚弱)は治るのでしょうか?
- A
はい、フレイルは「健康」と「要介護」の中間の段階であり、適切な介入を行うことで健康な状態に戻ることが可能(可逆的)とされています。早期に気づき対策をとることで、機能の維持・改善が期待できます。
出典元の要点(要約)
厚生労働省アフターサービス推進室
高齢者の口腔と摂食嚥下の機能維持・向上のための取組に関する調査
https://www.mhlw.go.jp/iken/after-service-vol25/dl/after-service-vol25_houkoku.pdf
報告書では、健康と要介護状態の中間的な段階として「フレイル」が紹介されており、加齢とともに心身の活力が低下した状態を指すが、早期からの介入を図る予防プログラムにより対策を行っている 。
まとめ:「ムセ」は老化ではなくサイン。楽しみながら機能を守ろう
食事中のお茶でムセたり、滑舌が悪くなったりすることは、単なる老化現象ではなく「オーラルフレイル(口の虚弱)」という重要なサインです。しかし、この段階であれば適切な対策をとることで、健康な状態に戻れる可能性が十分にあります。
専門的な検査機器がなくても、「指輪っかテスト」でリスクを見える化したり、昔ながらの玩具を使って楽しみながら機能訓練を行ったりと、現場でできることは数多く存在します。日々の業務の中で利用者の変化に気づき、小さな「できた!」を積み重ねていくことが、結果として利用者の自立した生活と笑顔を守ることにつながります。
最後までご覧いただきありがとうございます。この記事が、現場でのケアの一助となれば幸いです。

