「さっき行ったばかりなのに」「今立たれると場がしらける」。レク中の頻回なトイレ訴えや離席に、つい「座っていて」と制止してしまうことはありませんか。
本人の自由を尊重すべきと分かっていても、集団を一人で回さなければならない現場では、安全確保も含めて余裕がないのが現実です。
しかし、その離席は「座り心地の悪さ」や「生理的なタイミング」のズレが原因かもしれません。この記事では、精神論ではなく「環境」と「準備」で落ち着きを引き出す工夫を解説します。
この記事を読むと分かること
- レク中の離席を防ぐための、生理的リズムに合わせた誘導タイミングを理解できます
- 集中力を削ぐ「座り心地」の悪さと、その具体的な改善点が分かります
- 言葉で制止せずに、場を落ち着かせる環境調整の技術が分かります
- 最後まで笑顔で参加してもらうための、事前準備の優先順位を理解できます
一つでも当てはまったら、この記事が役に立ちます
集中力は「根性」ではなく「快適さ」で決まる

「盛り上げ方が悪いのかな」と自分を責める必要はありません。レク中に席を立ってしまう原因の多くは、プログラムの内容ではなく、椅子が痛い、尿意がある、隣の人が苦手といった「身体的・心理的な不快感」にあります。環境を整えるだけで、驚くほど座っていられる時間は伸びます。
「落ち着きがない」のではなく「不快」なだけ
認知症の方の行動(BPSD)は、本人の性格だけで起こるものではありません。ガイドライン等では、BPSDは環境からの刺激(音、光、温度)や身体的な不快感に対する反応として現れるとされています。
「帰りたい」と立ち上がるのは、もしかしたら「エアコンの風が直撃して寒い」「テレビの音がうるさくて不快」「便座のような硬い椅子でお尻が痛い」という訴えかもしれません。まずは、「この場所は快適か?」を疑う視点がプロのアセスメントです。
出典元の要点(要約)
厚生労働省認知症ケア法-認知症の理解
https://www.mhlw.go.jp/content/11800000/000701055.pdf
周辺症状(BPSD)は、中核症状があるために抱えることになる心理的なストレスや周囲の対応や環境を、本人がどう感じ、どう捉えるかによって、その行動はさまざまなものとなって現れてくると図示されています。また、人の行動を左右する要因として「場所・明るさ・広さ・温度」などの環境的要因や、「頭痛・発熱・脱水・便秘」などの身体的要因が挙げられています。
座席は「人間関係」と「動線」で決める
食事の場面と同様、レクにおいても座席配置は重要です。仲の悪い人や親しくない人が隣にいると、緊張やストレスが高まり、その場から逃げ出したくなります。
また、スタッフが頻繁に行き来する動線上の席は、落ち着かない原因になります。仲の良い人の隣や、スタッフの動きが気にならない壁側の席へ誘導することで、「ここにいていいんだ(Inclusion)」という安心感が生まれ、集中力が持続します。
出典元の要点(要約)
認知症介護研究・研修仙台センター初めての認知症介護 食事・入浴・排泄編 解説集
https://www.dcnet.gr.jp/pdf/download/support/research/center3/35/35.pdf
食事環境の調整として、仲の悪い人や親しくない人の隣に座ることで気分が悪かったり、感情が落ち着かなかったりすることがあるため、ストレスがかからないリラックスできるメンバーや場所への柔軟な対応が必要であるとされています。また、スタッフの通る場所を避けるなどの配慮も環境要因として挙げられています。
トイレ誘導は「リズム」で先回りする
レクが盛り上がってきた瞬間の「トイレ!」は、進行を止めてしまいます。これを防ぐ鍵は、事前の「排泄リズム」の把握です。
24時間の排泄状況を記録し、「この方は10時に排尿がある」と分かっていれば、レクが始まる直前に誘導できます。また、パッドが濡れている不快感でモジモジしている場合もあります。「活動の前」に清潔と排泄を済ませておくことが、最後まで笑顔で参加してもらうための最大の準備です。
出典元の要点(要約)
認知症介護研究・研修仙台センター初めての認知症介護 食事・入浴・排泄編 解説集
https://www.dcnet.gr.jp/pdf/download/support/research/center3/35/35.pdf
排泄ケアでは、24時間の中での排泄パターンやタイミングを掴み、それに応じて支援することが重要であるとされています。また、何か行動する前にトイレを済ます人が多いことから、ソファーや椅子から立ち上がるきっかけとして誘導することも有効であり、不快感のない状態で過ごしてもらう重要性が示されています。
「座ってください」と声を張り上げる前に、まずは部屋の温度や椅子の配置、トイレのタイミングを見直してみましょう。それだけで、現場の空気はガラリと変わります。
よくある事例:その「中座」、席替えだけで解決するかも?

「あの人はいつも帰りたがるから」「集中力がないから」と諦めていませんか? 実はその行動は、座っている「場所」が悪いために引き起こされている反応かもしれません。
よくある「中座」や「不穏」のパターン別に、劇的に改善する可能性がある座席と環境の調整術を紹介します。
ケース1:開始早々「帰る」と言い出すAさん
原因:出入り口が「視界」に入っている 人は「出口」が見えると、無意識に「あそこから出られる」「外に行かなければ」という衝動が刺激されます。特に出入り口付近は人の出入りが多く、落ち着かない場所です。
対策:背中を入り口に向ける Aさんの座席を、出入り口に背を向ける位置、あるいは進行役が正面に来て出口が視界に入らない位置に変更します。視覚的な「帰るきっかけ」を遮断するだけで、驚くほどレクに集中してくれることがあります。
出典元の要点(要約)
認知症介護研究・研修仙台センター初めての認知症介護 食事・入浴・排泄編 解説集
https://www.dcnet.gr.jp/pdf/download/support/research/center3/35/35.pdf
資料では、食事(※レクも同様)を中断してしまう理由の一つとして「視覚からの刺激」が挙げられています。職員がバタバタと周囲を動き回っていたり、気が散るような環境が集中を妨げる要因になると指摘されており、視界に入る情報をコントロールする重要性が示唆されています。
ケース2:キョロキョロして落ち着かないBさん
原因:「音」の情報が多すぎる レクの進行の声と同時に、つけっぱなしのテレビの音や、スタッフルームからの話し声が聞こえていませんか? 複数の音が混ざり合う環境は、認知症の方にとって「カクテルパーティー効果(必要な音だけ聞き取る機能)」が働きにくく、混乱の元になります。
対策:「音」の断捨離をする BGMは歌詞のない静かなものにする、不要なテレビは消す、スタッフの業務連絡は控えるなど、Bさんには「レクの音」だけが届くように環境を整えます。
出典元の要点(要約)
認知症介護研究・研修仙台センター初めての認知症介護 食事・入浴・排泄編 解説集
https://www.dcnet.gr.jp/pdf/download/support/research/center3/35/35.pdf
「落ち着いて食事(※活動)するためには静かな環境を確保することが必要です」と述べられています。「無駄にテレビをつけっぱなしにしていたり」することがないよう環境を検証することが求められ、聴覚刺激の調整が落ち着きを取り戻す鍵になると示されています。
ケース3:隣の人と喧嘩を始めるCさん
原因:パーソナルスペースと相性の不一致 「狭い」「邪魔だ」と怒り出す場合、隣の人との距離が近すぎるか、相性が悪い可能性があります。苦手な人が隣にいるストレスは、健常者が思う以上に大きな苦痛となります。
対策:「緩衝材」を挟む 可能であれば席を離しますが、スペース的に難しい場合は、間にスタッフが入るか、穏やかで誰とでも合う利用者様を間に配置します。物理的な距離と「人という壁」を作ることで、トラブルを未然に防ぎます。
出典元の要点(要約)
認知症介護研究・研修仙台センター初めての認知症介護 食事・入浴・排泄編 解説集
https://www.dcnet.gr.jp/pdf/download/support/research/center3/35/35.pdf
「仲の悪い人や、あまり親しくない人の隣に座ることで、気分が悪かったり、感情が落ち着かなかったりする」と指摘されています。対応として「隣に座っている人を変えてみるか、席の位置を変えて仲のよい人の隣に座ってみること」が推奨され、人間関係のストレスを座席配置で調整する視点が示されています。
なぜ、環境を変えると「帰りたい」が止まるのか(理由)
「座席を変えただけで落ち着くなんて」と不思議に思うかもしれません。しかし、これには認知症特有の脳の機能低下や、心理的なニーズが深く関わっています。
情報処理の負担が減るから
加齢や認知症により、脳が一度に処理できる情報の量や速度は低下します。 雑音、人の動き、眩しい光などが溢れる環境では、脳が情報を処理しきれずパニック状態(混乱)に陥ります。その不快な混乱から逃れるための防衛反応が、「ここから出たい=帰りたい」という行動なのです。
環境をシンプルに整えることは、脳への負荷を減らし、パニックを防ぐ「治療的ケア」そのものです。
出典元の要点(要約)
厚生労働省認知症ケア法-認知症の理解
https://www.mhlw.go.jp/content/11800000/000701055.pdf
加齢に伴い「処理速度の低下(テンポの速い作業についていけない)」や「抑制機能の低下(気になった話題から離れられず目の前の話題に集中できない)」が生じると説明されています。環境からの過剰な刺激が、これらの機能低下を持つ人にとって大きな負担となることが裏付けられています。
「居場所(Inclusion)」を感じられるから
トム・キットウッドは、認知症をもつ人の心理的ニーズの一つに「Inclusion(共にあること)」を挙げています。 「帰りたい」という訴えの裏には、「ここは自分の居場所ではない」「自分は集団から浮いている」という孤独感や不安が隠れていることがあります。
自分を受け入れてくれる仲間の隣や、スタッフに見守られていると感じる席を用意することは、「私はここにいていいんだ」という安心感(Inclusion)を満たし、帰宅願望を根本から和らげる効果があります。
出典元の要点(要約)
厚生労働省認知症ケア法-認知症の理解
https://www.mhlw.go.jp/content/11800000/000701055.pdf
認知症をもつ人達の心理的ニーズとして、「INCLUSION(共にあること)」や「COMFORT(くつろぎ)」が図示されています。集団の中に受け入れられている感覚や、リラックスできる環境が、その人の精神的な安定と「そのままの姿」を支えるために不可欠であるとされています。
よくある質問(FAQ)

現場では、「理屈はわかっても、一人で大勢を見ている時は対応しきれない」という場面が多々あります。レク中の離席やトイレ訴えに関するよくある悩みについて、現場の現実に即した解決のヒントをまとめました。
- Q席を移動してもらうと「なんで?」と怒られそうです。
- A
「こちらの方が見やすいですよ」とメリットを伝えましょう。
「席を代わってください」と指示するのではなく、「こちらの席の方がよく見えますよ」「〇〇さんの隣が空いていますよ」と、本人にとってのメリット(利益)を伝えて誘導します。
また、「ここだと風が当たって寒いかもしれないので」と、身体的な気遣いを理由にするのも有効です。あくまで「あなたのために提案している」というスタンスで接することが、反発を防ぐコツです。
出典元の要点(要約)
認知症介護研究・研修仙台センター
初めての認知症介護 食事・入浴・排泄編 解説集
https://www.dcnet.gr.jp/pdf/download/support/research/center3/35/35.pdf
仲の悪い人や親しくない人が隣にいると、緊張やストレスが高まり、落ち着かない原因になるとされています。席の移動は、ストレスがかからないリラックスできる環境への配慮として行うべきであり、本人の気持ちに沿った柔軟な対応が求められます。
- Qどうしても帰ると言って聞きません。引き止めるべき?
- A
一度その場から離れて、気分を変えましょう。
興奮している時に「まだ終わりませんよ」と説得しても、帰宅願望は強まるばかりです。「わかりました、準備しますね」と一旦受け入れ、レクの場から離れて静かな場所でクールダウンしたり、お茶を飲んだりして気分転換を図ります。
場所を変えることで「帰るモード」がリセットされることがあります。落ち着いてから「あと少しだけ見ていきませんか?」と誘うと、スムーズに戻れることも少なくありません。
出典元の要点(要約)
認知症介護研究・研修仙台センター
初めての認知症介護 食事・入浴・排泄編 解説集
https://www.dcnet.gr.jp/pdf/download/support/research/center3/35/35.pdf
食事(活動)を中断しても解決を急がず、本人の気持ちや気がかりを優先した、穏やかでゆったりとした対応が必要とされています。また、関心が向かない場合は、場所を変えたり興味のある別の刺激を用意したりすることで、関心を他に向ける方法が有効であると示されています。
- Q途中参加・途中退席は認めていいですか?
- A
もちろんです。出入り自由な雰囲気が安心感を作ります。
「最後までいなければならない」という拘束感は、認知症の方にとって大きなストレスになります。「疲れたらいつでも休んでいいですよ」という空気を作ることで、逆に「自分の意思でここにいる」という感覚が生まれ、結果的に長続きすることがあります。
「5分だけ顔を出してくれたら嬉しいです」とハードルを下げ、参加の形を強制しないことが、レク嫌いを作らない鉄則です。
出典元の要点(要約)
厚生労働省
認知症ケア法-認知症の理解
https://www.mhlw.go.jp/content/11800000/000701055.pdf
認知症ケアの基本原則として、「2.自由にありのままに」が挙げられています。本人のペースやあり方を尊重し、強制することなく、その人がその人らしくいられる環境を整えることが重要です。
まとめ:言葉で止めずに「環境」で止める
「座っていてください」と何度言っても伝わらないのは、あなたの声が小さいからでも、利用者様の聞き分けが悪いからでもありません。その場所が、座っていられないほど「不快」だったり、「不安」だったりするだけなのです。
言葉で行動をコントロールしようとすると、お互いに疲弊してしまいます。しかし、環境は一度整えてしまえば、黙っていても利用者様を支え続けてくれます。
明日から変えられる3つの視点
- 「性格」のせいにする前に「環境(音・光・席)」を疑う
- トイレ誘導は「行きたい」と言われる前に「リズム」で先回りする
- 座席はただの椅子ではなく、安心感を作る「ケアの道具」である
出典元の要点(要約)
厚生労働省認知症ケア法-認知症の理解
https://www.mhlw.go.jp/content/11800000/000701055.pdf
「認知症の人にとっては、接し方自体が状態の安定や向上に向けた重要なケアとなる」とされています。また、不適切なケアが知らず知らずのうちに人間関係を壊していく一方で、適切な環境と対応が信頼関係を築く鍵となることが示されています。
「場を静かにさせよう」と眉間にしわを寄せるのではなく、「心地よい場を演出しよう」とカーテンを閉めてみてください。その小さな配慮が、利用者様の穏やかな表情と、あなたの心の余裕を作ってくれるはずです。
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更新履歴
- 2025年12月2日:新規投稿


