「目を離した一瞬の隙に」起きてしまう転倒事故。センサーが鳴るたびに走るものの、現場の人員配置ではどうあがいても「24時間ずっと見守る」ことは物理的に不可能です。
それでも事故が起きれば、報告書には「見守り不足」と書かなければならない……そんな責任の重圧に押しつぶされそうになっていませんか? ケアの質は、あなたの注意力や根性だけで保つものではありません。個人の限界を認め、「環境」や「道具」を味方につけることから始めましょう。
この記事を読むと分かること
- 環境の力で「失敗」を未然に防ぐ方法
- 徘徊を見守る「センサー」の正しい活用
- 一人で抱え込まない「チーム連携」のコツ
- 見当識を補う「メモリーサポート」
- 事故責任の不安を減らす記録の視点
一つでも当てはまったら、この記事が役に立ちます
環境で守る:個人の「努力」から「仕組み」へ

現場で転倒事故が起きると、報告書には「見守り不足」と書かなければならない辛さがあります。 人員配置がギリギリの中で、トイレ誘導の最中に別の場所でセンサーが鳴る。「体は一つしかないのに、どうすればよかったの?」と、責任の重圧に押しつぶされそうになることもあるでしょう。
しかし、見当識障害のある方の安全を「個人の注意力」だけで守ることは、物理的に不可能です。事故を防ぐカギは、スタッフの根性ではなく、「環境」と「道具」の力を借りることにあります。
「失敗」は環境が合っていないサイン
認知症の行動・心理症状(BPSD)は、認知機能障害を背景に、身体的要因・環境的要因・心理的要因の影響を受けて出現します。
つまり、「同じ人でも、状況によって困りごとが増える/減る」ことがあり得ます。見逃しを防ぎ、経時的変化を捉えるために、さまざまな評価尺度が考案されています。
出典元の要点(要約)
日本神経学会、日本認知症学会認知症疾患診療ガイドライン2017
https://www.neurology-jp.org/guidelinem/degl/degl_2017_02.pdf
認知症の行動・心理症状(BPSD)は、認知機能障害を背景とし、身体的・環境的・心理的要因の影響を受けて出現する。不適切なケア環境が誘因となることもある。
センサーは「拘束」ではなく「自立支援」
見守りの限界を補う方法として、介護者支援の介入研究では支援機器(technological device)の導入が組み合わされることがあります。
ガイドラインでは、イタリアの介入研究(UP-TECH project)として、ケースマネジメント・看護師の訪問・支援機器の導入を組み合わせ、介護負担の軽減や施設入所の回避に有効だったと報告されていることが紹介されています(支援機器の例として転倒センサー等)。
出典元の要点(要約)
日本神経学会認知症疾患診療ガイドライン2017
https://www.neurology-jp.org/guidelinem/degl/degl_2017_04.pdf
イタリアのUP-TECH projectでは、ケースマネジメント、看護師の訪問、支援機器(technological device)の導入が介護負担軽減と施設入所回避に有効であったことが報告されている。支援機器には転倒センサーなどが含まれる。
すべてを人の目で見守る必要はありません。「環境」そのものをケアの一部と捉え、システム全体で安全を守る発想へと切り替えていきましょう。
環境で補う「記憶」と「安全」の工夫

現場では、壁に張り紙をすることに対して「施設の美観を損ねる」「生活感が出すぎる」と否定的な意見が出ることがあります。また、離床センサーの使用についても「身体拘束ではないか」という倫理的な葛藤があり、導入に踏み切れないケースも少なくありません。
しかし、記憶や認識力が低下した入居者様にとって、手がかりのない綺麗な廊下は「迷路」でしかありません。現場の安全を守るためには、美観よりも「わかりやすさ」を優先し、テクノロジーを正しく活用する視点が必要です。
時間を「見える化」して不安を消す
アルツハイマー型認知症では、見当識障害が初期からみられることがあります。
ガイドラインでは、見当識障害は時間→場所→人の順に進むことが多いとされ、また視空間認知障害が生じることがあり、近所でも迷子になることがあると述べられています。
出典元の要点(要約)
日本神経学会認知症疾患診療ガイドライン 2017 第6章 Alzheimer型認知症
https://www.neurology-jp.org/guidelinem/degl/degl_2017_06.pdf
リアリティ・オリエンテーション(RO)は、日時や場所などの正しい情報を繰り返し教示することで現実見当識を高める手法である。
トイレを「直感的」に伝える
アルツハイマー型認知症では、進行に伴い日常生活の機能が低下し、トイレを含むセルフケアが難しくなることがあります。
また、視空間認知障害が生じることがあり、生活場面での混乱につながることがあります。
出典元の要点(要約)
日本神経学会認知症疾患診療ガイドライン 2017 第6章 Alzheimer型認知症
https://www.neurology-jp.org/guidelinem/degl/degl_2017_06.pdf
Alzheimer型認知症は、緩徐に進行する出来事記憶の障害から始まり、次第に失語や遂行機能障害、視空間機能障害、人格変化などの社会的認知機能の低下へと進展する。
センサーで見守る「安心」
転倒や離設のリスクが高い場面では、目視だけで対応し続けるのが難しいことがあります。
ガイドラインでは、介護者支援の取り組みとして、教育・相談支援に加え、介入研究で支援機器(technological device)の導入を組み合わせた報告(例:UP-TECH project)が紹介されています。
出典元の要点(要約)
日本神経学会認知症疾患診療ガイドライン2017
https://www.neurology-jp.org/guidelinem/degl/degl_2017_04.pdf
イタリアのUP-TECH projectでは、ケースマネジメント、看護師の訪問、支援機器(technological device)の導入が介護負担軽減と施設入所回避に有効であったことが報告されている。支援機器には転倒センサーなどが含まれる。
環境を整えることは、入居者様の「自分でできる」を支えることと同義です。まずはトイレの表示一つからでも、「ご本人の目線」で見直してみましょう。
チームケア:一人の「点」をチームの「線」にする

現場では、スタッフ間で「入居者様の様子」についての認識が食い違うことがよくあります。 「日勤の時はしっかり歩いていましたよ」「夜勤ではフラフラで危険でした」……。
こうした情報のズレに直面すると、「私の見守りが甘かったのか」「あの人の報告が大げさなのか」と、個人のスキルや視点の違いに原因を求めてしまいがちです。しかし、そのズレこそが、事故を防ぐための重要な「ヒント」である可能性があります。
「人によって違う」は病気のサイン
スタッフによって印象が大きく違う場合、単なる観察の差だけでなく、認知症(特にレビー小体型認知症(DLB)など)にみられる認知の変動の可能性もあります。
ガイドラインでは、DLBの中核的特徴の一つとして、注意や覚醒レベルが日内/日差で変動し、認知機能や活動性が変化することが挙げられています。勤務時間内の観察だけだと、この変動を見落とすことがあるため、情報をつなぐ視点が役に立ちます。
出典元の要点(要約)
日本神経学会認知症疾患治療ガイドライン2017
https://www.neurology-jp.org/guidelinem/degl/degl_2017_07.pdf
DLB(レビー小体型認知症)の中核的特徴の一つに「注意や覚醒レベルの変動」がある。これは日内あるいは日差で変動し、認知機能や活動性が変化することを指す。
「点」をつないで「線」にする
転倒やトラブルを減らすには、目の前の出来事(点)だけで判断せず、経過(線)として整理して共有することが役に立ちます。
| 聞き取りの観点 | 目的 |
|---|---|
| 具体的な症状 | 何が起きているかを曖昧にしない |
| 経過 | いつから/どう変わったかを把握する |
| 日常生活の困りごと | 生活上の支障を明確化する |
出典元の要点(要約)
日本神経学会、日本認知症学会認知症疾患診療ガイドライン2017
https://www.neurology-jp.org/guidelinem/degl/degl_2017_02.pdf
BPSD(行動・心理症状)は、認知機能障害を背景とし、身体的・環境的・心理的要因の影響を受けて出現する。そのため、いつ、どこで、どのような状況で生じたかという詳細なアセスメントが重要である。
一人ですべてを見守る必要はありません。自分が見ていない時間の姿をチームのメンバーが補い合うことで、初めて「24時間の安全」を守ることができます。
環境とツールに関するFAQ
「施設らしさを出したくない」「センサーに頼るのは冷たい気がする」。環境整備や機器の導入には、ケアの美学や倫理観との葛藤がつきものです。ここでは、現場でよくある疑問について、ガイドラインの見解を交えて解説します。
- Q張り紙や写真をベタベタ貼ると、施設の雰囲気が悪くなりませんか?
- A
美観も大切ですが、ご本人にとっての「わかりやすさ」が最優先です。 アルツハイマー型認知症などで視空間認知機能が低下している場合、統一感のある綺麗な廊下は、かえって手がかりのない「迷路」となり、不安や混乱(BPSD)を引き起こす要因になり得ます。 ガイドラインでも、BPSDは不適切な環境が一因となると指摘されており、ご本人が直感的に認識できる表示(写真や大きな文字など)を用いることは、生活の混乱を防ぐための重要な環境調整と言えます。
出典元の要点(要約)
日本神経学会、日本認知症学会
認知症疾患診療ガイドライン2017
https://www.neurology-jp.org/guidelinem/degl/degl_2017_02.pdf
認知症の行動・心理症状(BPSD)は、認知機能障害を背景とし、身体的・環境的・心理的要因の影響を受けて出現する。不適切なケア環境が誘因となることもある。
日本神経学会
認知症疾患診療ガイドライン 2017 第6章 Alzheimer型認知症
https://www.neurology-jp.org/guidelinem/degl/degl_2017_06.pdf
Alzheimer型認知症は、視空間機能障害などの社会的認知機能の低下へと進展する。
- Qセンサーを使うのは「身体拘束」や「手抜き」になりませんか?
- A
安全を守り、自立を支えるための使用であれば、推奨される支援方法です。 センサーを「部屋に閉じ込めるため」に使えば拘束の恐れがありますが、「転倒リスクを早期に察知し、駆けつけるため」に使うことは、安全管理の一環です。 実際にガイドラインでは、転倒センサーなどの支援機器(technological device)の導入が、介護者の負担を軽減し、施設入所を回避する(住み慣れた場所での生活を維持する)ために有効であったとする報告が取り上げられています。
出典元の要点(要約)
日本神経学会
認知症疾患診療ガイドライン2017
https://www.neurology-jp.org/guidelinem/degl/degl_2017_04.pdf
イタリアのUP-TECH projectでは、ケースマネジメント、看護師の訪問、支援機器(technological device)の導入が介護負担軽減と施設入所回避に有効であったことが報告されている。支援機器には転倒センサーなどが含まれる。
環境や道具は、スタッフの代わりにご本人を見守ってくれる頼もしいパートナーです。 「楽をするため」ではなく、「ご本人が安全に、少しでも自由に動けるようにするため」に活用するという視点を持てば、罪悪感を持つ必要はありません。
まとめ:一人で抱え込まず、環境とチームで守る
全3回にわたり、認知症の「見当識障害」について、メカニズム、会話術、そして環境整備の視点から解説してきました。
「知識(Vol.1)」で理由を知り、「会話(Vol.2)」で心を支え、今回の「環境(Vol.3)」で安全を守る。この3つが揃うことで、初めてご本人の不安な世界を支えることができます。
もし明日、現場で「危ない!」とヒヤリとする瞬間があったら、ご自身の注意力不足を責めるのではなく、こう考えてみてください。
「環境のどこを変えれば、この失敗を防げるだろう?」 「チームでどの情報を共有すれば、この時間を守れるだろう?」
その視点を持つことこそが、あなた自身を守り、ひいては入居者様の穏やかな生活を守ることにつながります。
最後までご覧いただきありがとうございます。この連載記事がお役に立てれば幸いです。
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更新履歴
- 2026年1月20日:新規投稿







