「ご本人のペースに合わせて」という理想はあっても、現実は業務に追われ、何度声をかけても動かない状況に焦りを感じる場面は少なくありません。
全てを変えるのは難しくても、言葉への依存を減らし、視覚的な工夫や環境を見直すだけで、お互いの負担を軽くできる可能性があります。
この記事を読むと分かること
- 言葉を使わない誘導のコツ
- 混乱を防ぐ声掛けの技術
- 拒否を減らす環境の整え方
- 怒り出してしまう理由
- 明日から試せる具体策
一つでも当てはまったら、この記事が役に立ちます
結論:言葉の限界を知り、視覚と環境でアプローチする
「ご本人のペースに合わせて待ちましょう」 「否定せずに寄り添いましょう」
教科書や研修ではそう教わりますが、実際の現場では時間や人員の制約があり、一人のトイレ誘導に何十分もかけられないのが現実です。
「早くしてほしい」という焦りが伝わり、余計に拒否されてしまう。そんな悪循環に陥り、自分の関わり方が悪いのではないかと悩む介護士さんは少なくありません。しかし、うまくいかないのはあなたのせいではなく、言葉による説得がご本人の認知機能と合わなくなってきているサインかもしれません。
無理に言葉で分からせようとするのをやめ、見せる情報や心地よい環境といった、言葉以外のアプローチに切り替えることで、現状を打破できる可能性があります。
言葉よりも「非言語」が伝わる
認知症が進行すると、言語によるコミュニケーション能力は徐々に低下していきますが、表情や身振り、声のトーンといった非言語的なメッセージを受け取る力は長く保たれます。
そのため、言葉で「トイレに行きましょう」と説得するよりも、穏やかな表情で接し、相手の反応を一呼吸待ってから関わる方が、安心感が伝わりやすくなります。逆に、介護者の焦りやイライラした態度は、敏感に相手に伝わり、拒否(BPSD)を誘発する原因となります。
出典元の要点(要約)
国立研究開発法人 国立長寿医療研究センター認知症・せん妄ケアマニュアル 第2版
https://www.ncgg.go.jp/hospital/iryokankei/documents/nintishomanual2025.pdf
認知症の進行に伴いコミュニケーションの効力は言語的から非言語的へと移行するため、重度になるほど表情や身振りなどの非言語メッセージを用いることが効果的である。 医療者や介護者は、伝えたいことを優先するのではなく、本人の反応を一呼吸待って意思を読み取ることが大切である。
「物」を見せて理解を助ける
言葉の理解力が低下している場合、「トイレ」という単語だけでは何を求められているのか分からず、混乱して動けなくなることがあります。
そのような時は、リハビリパンツやトイレットペーパーなどのケアの道具を直接見せることで、視覚的に「これから何をするのか」を伝えることが有効です。聴覚情報(言葉)だけでなく、視覚情報を活用することで、ご本人の理解を助け、安心感につなげることができます。
出典元の要点(要約)
国立研究開発法人 国立長寿医療研究センター認知症・せん妄ケアマニュアル 第2版
https://www.ncgg.go.jp/hospital/iryokankei/documents/nintishomanual2025.pdf
言葉だけで理解できない場合は、ケアの道具などの物を見せる視覚的情報を活用することで、認知症患者の理解を助けることができる。
不快な環境を取り除く
トイレの拒否は、ご本人の性格の問題ではなく、環境が不快であることが原因のケースも多くあります。
トイレが暗い、寒い、または騒がしい場所であれば、誰でも行きたくなくなります。特に認知症の方は環境の変化に適応しにくいため、照明を明るくする、温度を調整する、静かな環境を整えるといった物理的な配慮が重要です。ご本人が「快」と感じられる環境を整えることは、不安や混乱を減らすための基本的なケアの一つです。
出典元の要点(要約)
国立研究開発法人 国立長寿医療研究センター認知症・せん妄ケアマニュアル 第2版
https://www.ncgg.go.jp/hospital/iryokankei/documents/nintishomanual2025.pdf
認知症患者の環境調整は、光・音・温度などの「物理的環境」の側面で捉えられる。 刺激の選択が困難な患者のために静かな環境を整えることや、適切な温湿度管理を行うことが重要である。
100点満点のケアを目指す必要はありません。まずは明日のトイレ誘導で、「言葉を一つ減らして、リハビリパンツを見せてみる」。そんな小さな視覚的アプローチから始めてみてください。
現場でよくある「拒否」の3パターン

「さっきまで機嫌が良かったのに、トイレと言った瞬間に怒鳴られた」「何度言っても動いてくれず、他の方の対応が遅れてしまう」
現場では、こうした不可解な拒否に日々直面します。
理想的なケアをしたい気持ちはあっても、限られた人員の中で業務を回さなければならないプレッシャーがあり、「どうして分かってくれないの」とやり場のない思いを抱えることも多いでしょう。
しかし、その「動かない」「怒る」という行動の裏には、ご本人の性格ではなく、脳の機能障害や環境による明確な理由が隠れていることがあります。
事例1:「トイレ」という言葉に怒り出す
「トイレに行きましょう」と声をかけると、「行かない!」「馬鹿にするな」と強い口調で拒否されるケースです。
これは、頑固な性格だからではなく、認知症の症状の一つである失語(語義失語など)により、「トイレ」という言葉の意味自体が理解できなくなっている可能性があります。
意味の分からない言葉で行動を強いられることに恐怖や不安を感じ、それが「怒り」として表れているのです。このような場合、言葉での説得は逆効果になりがちです。
言葉だけで理解できない場合は、リハビリパンツやトイレットペーパーなどのケアの道具(実物)を見せることで、視覚的に「これから何をするのか」を伝えることが有効です。
出典元の要点(要約)
国立研究開発法人 国立長寿医療研究センター認知症・せん妄ケアマニュアル 第2版
https://www.ncgg.go.jp/hospital/iryokankei/documents/nintishomanual2025.pdf
認知症で見られる失語には、語の意味が理解できなくなる「語義失語」などの病型がある。 言葉だけで理解できない場合は、ケアの道具などの物を見せる視覚的情報を活用することで、認知症患者の理解を助けることができる。
事例2:トイレの前で足が止まる
トイレの前までは誘導できたものの、入口で立ち止まり、中に入ろうとしないケースです。
ご本人には、そこがトイレに見えていない(視覚性失認)か、あるいはトイレの中が薄暗く、恐怖を感じる場所に見えている可能性があります。
認知症の方は環境の変化や刺激に敏感であり、薄暗さや寒さといった物理的環境の不快さが、BPSD(行動・心理症状)としての「拒否」を引き起こす要因となります。
無理に押し込むのではなく、まずは照明を明るくして足元をはっきりさせたり、便座の温度を適温に調整したりするなど、ご本人が安心して入れる環境を整えることが先決です。
出典元の要点(要約)
国立研究開発法人 国立長寿医療研究センター認知症・せん妄ケアマニュアル 第2版
https://www.ncgg.go.jp/hospital/iryokankei/documents/nintishomanual2025.pdf
失認とは感覚機能に異常がないのに提示された物品等が何であるか分からなくなる状態であり、提示された物品がわからない視覚性失認などがある。 認知症患者の環境調整は、光・音・温度などの「物理的環境」の側面で捉えられ、刺激の選択が困難な患者のために静かな環境を整えることなどが重要である。
事例3:指示を出しても動いてくれない
「立って、ズボンを下ろして、座ってください」と声をかけても、キョトンとして動かないケースです。
これは「やる気がない」のではなく、実行機能障害により、複数の動作を順序立てて実行することが難しくなっている状態です。
一度に多くの指示を出されると、情報処理が追いつかずに混乱してしまい、結果として動きが止まってしまいます。
「まずは立ちましょう」と声をかけ、立てたら「次はズボンに手をかけましょう」と伝えるなど、指示を一つずつ区切って(チャンク化して)ゆっくり伝える配慮が必要です。
出典元の要点(要約)
国立研究開発法人 国立長寿医療研究センター認知症・せん妄ケアマニュアル 第2版
https://www.ncgg.go.jp/hospital/iryokankei/documents/nintishomanual2025.pdf
実行(遂行)機能障害は、計画、組織化、順序立てといった機能の障害であり、早期から出現して日常生活に大きく影響する。 認知症患者への指示出しは、一つずつゆっくりとしたペースで行う必要がある。多くの指示や次々と場面が変わる環境は混乱を招く。
一見すると「わがまま」や「介護への抵抗」に見える行動も、その背景には脳の機能障害や環境の不快さといった明確な理由が存在します。
「なぜ動かないのか」を精神論ではなく、身体・環境的要因から見直す視点を持つだけで、対応の選択肢は大きく広がります。
なぜ「言葉」だけではうまくいかないのか

「さっき説明したばかりなのに」「どうして分かってくれないの」
現場では、何度も同じ説明を繰り返しても伝わらず、徒労感を覚えることが多々あります。業務に追われていると、つい「座っていて!」「ダメ!」と強い口調で制止してしまい、後から自己嫌悪に陥ることもあるでしょう。
しかし、言葉が通じないのも、強い口調で怒り出してしまうのも、決してご本人の性格やあなたの相性が悪いからではありません。そこには、認知症という病気の特性と、環境とのミスマッチという明確な理由が存在します。
言葉よりも「態度」が伝わる
認知症が進行すると、言葉そのものの意味を理解する力よりも、相手の表情や声のトーンといった非言語的コミュニケーションを感じ取る力が優位になります。
そのため、介護者が「早くしてほしい」と焦って言葉を重ねれば重ねるほど、その必死な形相や尖った声色が「怒られている」「怖い」というメッセージとして強く伝わってしまいます。
医療者や介護者は、自分が伝えたいことを優先して一方的に話すのではなく、ご本人の反応を一呼吸待って、その意思を読み取ろうとする姿勢が求められます。
出典元の要点(要約)
国立研究開発法人 国立長寿医療研究センター認知症・せん妄ケアマニュアル 第2版
https://www.ncgg.go.jp/hospital/iryokankei/documents/nintishomanual2025.pdf
認知症の進行に伴い、コミュニケーションの効力は言語的から非言語的コミュニケーションへと移行する。重度になるほど表情や身振りなどの非言語メッセージを用いることが効果的である。 医療者は本人の意思を読み取るために反応を一呼吸待つ姿勢が求められる。
何気ない言葉が「ロック」になる
忙しい現場では、安全のためや業務遂行のために、つい指示的な言葉を使ってしまいがちです。しかし、以下の3つの言葉はスピーチロック(言葉の拘束)となり、ご本人の自尊心を深く傷つける原因となります。
- 命令する言葉(「座りなさい」「早くして」)
- 子ども扱いする言葉(「偉いね」「おしっこ出た?」)
- 相手を否定する言葉(「ダメ」「違います」)
これらは、ご本人の「易怒性(怒りっぽさ)」や「気分の落ち込み」を招き、結果として拒否を強めることにつながります。
出典元の要点(要約)
国立研究開発法人 国立長寿医療研究センター認知症・せん妄ケアマニュアル 第2版
https://www.ncgg.go.jp/hospital/iryokankei/documents/nintishomanual2025.pdf
コミュニケーションにおいて、「命令する言葉」「子ども扱いする言葉」「相手を否定する言葉(スピーチロック)」の3つは患者の自尊心を傷つけ、易怒性や気分の落ち込みを招く。 「ここにいて大丈夫ですよ」といった安心できる言葉がけや肯定的な言い換えを行う必要がある。
「拒否」は環境からのSOS
トイレ拒否などのBPSD(行動・心理症状)は、単に認知症だから起きるわけではありません。
脳の器質的な変化を背景にしつつも、そこに「痛み」などの身体的要因や、「不適切な刺激」「環境の変化」といった環境的要因が重なることで誘発されます。
つまり、ご本人が「行きたくない」と拒否するのは、その場の環境が本人にとって不快であったり、不安を感じさせたりしていることへの反応である可能性があります。これらは適切なケアや環境調整によって改善できる余地があります。
出典元の要点(要約)
国立研究開発法人 国立長寿医療研究センター認知症・せん妄ケアマニュアル 第2版
https://www.ncgg.go.jp/hospital/iryokankei/documents/nintishomanual2025.pdf
BPSDは、脳の器質的変化を背景に、身体的要因、環境的要因(不適切な刺激等)、心理・社会的要因が複雑に絡み合って誘発される。 認知機能障害の改善は困難だが、BPSDは適切なケアや環境調整によって改善される可能性がある。
拒否や怒りは、ご本人からの「言葉が分からない」「環境が怖い」「自尊心が傷ついた」というサインです。その背景にある理由を知ることで、私たちは「説得」以外の方法を選ぶことができるようになります。
現場の「迷い」を解消するFAQ

「理屈はわかるけれど、この場合はどうすればいいの?」
現場で日々ケアにあたっていると、教科書通りにはいかない場面に必ず直面します。よくある迷いや疑問について、エビデンス(根拠)に基づいた視点で回答をまとめました。
- Q物を見せても強く拒否される場合はどうすればいいですか?
- A
排泄以外の「身体的苦痛」が隠れていないか確認してください。
言葉や物で伝わっても拒否がある場合、便秘、尿閉、あるいは体のどこかに痛みがあるなど、身体的な不快感が原因で不穏(BPSD)になっている可能性があります。無理に誘導せず、まずは身体面の観察を行うことが推奨されます。出典元の要点(要約)
国立研究開発法人 国立長寿医療研究センター認知症・せん妄ケアマニュアル 第2版
https://www.ncgg.go.jp/hospital/iryokankei/documents/nintishomanual2025.pdf
BPSDは、脳の器質的変化を背景に、身体的要因、環境的要因、心理・社会的要因が複雑に絡み合って誘発される。
不穏・興奮の直接因子として、身体的苦痛(疼痛、痒み、便秘、尿閉、空腹、脱水など)がないかアセスメントする必要がある。
- Qトイレではなくポータブルトイレを使ってもいいですか?
- A
ご本人が選びやすい形で提案し、納得されるなら有効な選択肢です。
トイレまでの移動が恐怖や負担になっている場合、ポータブルトイレは安心できる環境の一つになり得ます。「トイレに行きますか?ポータブルにしますか?」と複数の選択肢を提示し、ご本人の意思(またはその推測)に基づいて決定することは、重要な意思決定支援です。出典元の要点(要約)
厚生労働省認知症の人の日常生活・社会生活における意思決定支援ガイドライン
https://www.mhlw.go.jp/file/06-Seisakujouhou-12300000-Roukenkyoku/0000212396.pdf
意思決定支援においては、本人に対して、適切な時期に、適切な方法で、本人にとって分かりやすい情報提供や説明を行う必要がある。
複数の選択肢を提示し、それぞれのメリット・デメリットを説明した上で、本人の選好を確認するプロセスが求められる。
- Q忙しくて、どうしてもゆっくり関わる時間が取れません。
- A
急がせる言葉(スピーチロック)は、かえって時間をロスする原因になります。
焦って「早くして」と指示を重ねたり、強い口調になったりすることは「スピーチロック」にあたり、ご本人の自尊心を傷つけ、怒りや強い拒否を招きます。結果としてケアが難航するため、急いでいる時こそ一呼吸置き、静かに関わることが、結果的にスムーズなケアにつながります。出典元の要点(要約)
国立研究開発法人 国立長寿医療研究センター認知症・せん妄ケアマニュアル 第2版
https://www.ncgg.go.jp/hospital/iryokankei/documents/nintishomanual2025.pdf
「スピーチロック(言葉の拘束)」は患者の自尊心を傷つけ、易怒性や気分の落ち込みを招く。
多くの指示や次々と場面が変わる環境は混乱を招くため、指示は一つずつゆっくりとしたペースで行う必要がある。
現場で「正解」を見つけるのは簡単ではありませんが、拒否や抵抗の裏には必ず「理由(根拠)」があります。
「なぜ拒否するのか」を根拠に基づいて考えることができれば、自分を責めることなく、冷静に対応の糸口を探せるようになります。まずはご本人の安全と安心を最優先に、無理のない範囲で環境を整えていきましょう。
まずは「言葉を減らす」ことから始めましょう

本記事では、トイレ誘導時の拒否に対する視覚的アプローチや環境調整について解説しました。
明日からの現場で意識したいポイントは以下の3つです。
- 言葉での説得に頼らず、リハビリパンツなどの「物」を見せて視覚的に伝える
- 「立って、ズボンを下ろして」と一度に言わず、指示を一つずつ区切ってゆっくり伝える
- トイレの照明や温度を見直し、ご本人が「不快」と感じない環境を整える
日々の業務に追われる中で、これら全てを完璧に実践する必要はありません。まずは明日のケアで、「言葉での説明を一つ減らして、代わりにケア用品を見せてみる」ことだけ意識してみてください。
その小さな変化が、ご本人の安心感と、あなたの負担軽減につながる第一歩になるはずです。
最後までご覧いただきありがとうございます。この記事がお役に立てれば幸いです。
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更新履歴
- 2026年1月16日:新規投稿

