事故のたびに報告書がまるで反省文になり、筆が止まることはないでしょうか。「見守りを強化する」としても、人員配置的に不可能だと、多くの現場が葛藤を抱えています。
すべてを防げなくても、書き方一つで、自分を責めずに再発防止へつなげられます。精神論ではなく、明日から使える環境要因に着目した、現実的な視点をお伝えします。
この記事を読むと分かること
- 精神論以外の具体的な環境対策
- 自分を責めない客観的な報告技術
- 「見守り強化」に頼らない防止策
- 作成の迷いをなくす思考法
- 多職種でリスクを減らす視点
一つでも当てはまったら、この記事が役に立ちます
結論:「反省文」からの脱却:事故報告の真の目的とは
現場では、事故が起きるたびに「なぜ防げなかったのか」と問われ、まるで始末書のように報告書を書くことが当たり前になっていないでしょうか。「見守りを強化します」と書かざるを得ないけれど、実際の人員配置ではこれ以上目を配るのは物理的に無理だ――そんな理想と現実のギャップに、多くの介護士が苦しんでいます。しかし、国が定めるガイドラインにおいても、報告書の目的は個人の責任追及ではないと明記されています。ここでは、自分を守り、ケアの質を高めるための本来の考え方を整理します。
事故報告は「始末書」ではない
事故報告書の作成において最も重要なのは、作成の目的を正しく理解することです。多くの現場で、報告書が個人のミスを謝罪する反省文や、責任の所在を明らかにするための書類として扱われがちですが、これは誤りです。 公的なガイドラインでは、事故報告は事業者内部での情報共有や、行政による事故情報の収集・分析のために行うものと位置づけられています。つまり、目的はあくまで将来の事故を防ぐためのデータ収集と分析であり、誰かを責めるためのものではありません。 「私が悪かった」という感情的な反省ではなく、客観的な事実を記録することが、結果として利用者と職員の両方を守ることにつながります。
出典元の要点(要約)
厚生労働省 老健局介護保険施設等における事故予防及び事故発生時の対応に関するガイドライン
https://www.mhlw.go.jp/content/001569590.pdf
事故報告様式の標準化により全国の情報を収集・分析し安全対策を共有することで、事故予防の強化とサービスの質向上を目指している
「防げない事故」も存在するという前提
「施設にいれば100%安全」という期待と、実際のケアの現場にはどうしても乖離が生まれます。利用者の生活の場である介護施設において、転倒などの事故を完全にゼロにしようとすれば、過度な行動制限や身体拘束につながる恐れがあります。 リスクマネジメントの基本方針として、事故は「防げる事故」と「防ぐことが困難な事故」に分けて考える必要があります。 もちろん、防ぐべき事故には徹底した対策が必要ですが、高齢者の自立や尊厳を支えるケアを行う以上、一定のリスクは存在するという認識を持つことが重要です。すべてを「防げなかった過失」と捉える必要はありません。
出典元の要点(要約)
厚生労働省介護保険施設等における事故予防及び事故発生時の対応に関するガイドライン
https://www.mhlw.go.jp/content/001569590.pdf
介護現場におけるリスクマネジメントは、事故防止のみを目的としたものではなく、高齢者の尊厳を支えるケアを行うために必要不可欠な取組です。介護の基本理念は、尊厳の保持を基本に据えた自立支援と自己決定の尊重です。高齢者の尊厳を支えるケアとは、高齢者がたとえ介護を必要とする状態になっても、自分の意思でその人らしい生活を送ることを可能とすることです
「気をつける」は対策にならない
再発防止策として「職員への周知徹底」や「観察を頻回に行う」といった記述がよく見られますが、これらは精神論に過ぎず、実効性は低いとされています。 人間は誰でも間違えるものであり、個人の注意力に依存した対策では、ヒューマンエラーを防ぎ続けることはできません。 分析においては、個人の資質ではなく、業務の手順や環境、連携などのシステム的な要因に目を向ける必要があります。例えば「なぜなぜ分析」や「SHELL分析」といった手法を用い、組織全体で取り組むべき課題として捉え直すことが求められます。
出典元の要点(要約)
厚生労働省 老健局介護保険施設等における事故予防及び事故発生時の対応に関するガイドライン
https://www.mhlw.go.jp/content/001569590.pdf
事故発生時の原因分析においては、「なぜなぜ分析」や「SHELL分析」などの分析手法を活用し、個人の責任に帰するのではなく、組織的な課題として要因を抽出することが重要です
事故報告の目的は犯人探しではなく、ケアの向上にあります。「気をつける」という精神論から脱却し、環境やシステムを見直すことで、現場の負担を減らしながら安全を高めることができます。
よくある「NG報告書」と改善の視点

現場では、事故が起きると「再発防止策を考えろ」と指示されますが、人手不足の中では「次は気をつける」「声かけを徹底する」といった精神論に落ち着いてしまいがちです。「本当はセンサーや環境整備が必要なのに、予算も人もないから書けない」――そんな葛藤を抱えながら作られた報告書は、職員を疲弊させるだけで、事故を減らす力になりません。ここでは、現場で陥りがちなNGパターンと、エビデンスに基づいた「意味のある対策」への転換方法を解説します。
事例1:「見守りを強化する」の限界
転倒事故の報告書で最もよく見られるのが、「巡回を1時間に1回から30分に1回に増やす」「目を離さないようにする」という対策です。しかし、夜勤のワンオペや多忙な日中業務において、物理的にこれ以上行動量を増やすことは現実的ではありません。無理な計画はすぐに形骸化し、再発した際に「約束を守らなかった」と責任を問われる原因になります。 ガイドラインにおいても、教育や訓練、単なる注意喚起といった対策は、実は効果が弱いと分類されています。人の「意識」や「努力」に頼るのではなく、見守り機器(センサー)の活用やベッドの高さ調整、手すりの設置といった、物理的・環境的な対策(ハード面)へ転換することが推奨されています。
出典元の要点(要約)
厚生労働省 老健局介護保険施設等における事故予防及び事故発生時の対応に関するガイドライン
https://www.mhlw.go.jp/content/001569590.pdf
教育・訓練や規則の遵守・注意喚起は、対策としての効果は弱い。
厚生労働省 老健局
介護保険施設等における事故予防及び事故発生時の対応に関するガイドライン
https://www.mhlw.go.jp/content/001569590.pdf
手順の標準化やチェックリストの活用は中程度の効果があり、物理的な環境改善やインターロック(安全装置)の導入などは強い効果がある。
厚生労働省 老健局
介護保険施設等における事故予防及び事故発生時の対応に関するガイドライン
https://www.mhlw.go.jp/content/001569590.pdf
転倒・転落防止には、見守り機器(離床センサー等)を効果的に活用し、転倒リスクの高い利用者の動き出しを早期に検知することが有効である。
事例2:「確認不足」という思考停止
誤薬事故の原因欄に、「本人の不注意」「確認不足」と書いてしまうケースも後を絶ちません。これでは再発防止策が「次はもっと集中します」「ダブルチェックを徹底する」という個人の頑張りに依存したものになってしまいます。しかし、人間である以上、疲れや焦りがある中でミスをゼロにすることは不可能です。 個人の資質を責めるのではなく、その時「電話が鳴って中断した」「配薬カートが整理されていなかった」といった環境要因に目を向けてください。ガイドラインでは、服薬介助中の業務中断(ながら業務)を避けることや、職員が業務に集中できる環境を組織的に整えることが重要であると示されています。
出典元の要点(要約)
厚生労働省 老健局介護保険施設等における事故予防及び事故発生時の対応に関するガイドライン
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服薬介助中は、他の業務(電話対応やナースコール対応など)を中断し、服薬介助に集中できる環境を作ることが誤薬防止に重要である。
厚生労働省 老健局
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誤薬事故の背景には、職員の知識不足や手順の不遵守だけでなく、業務の多忙さや人員配置、医薬品の保管環境などの組織的・環境的要因が関与していることが多い。
事例3:「たぶん〜だろう」という推測
誰も見ていない場所で転倒があった際、「急いでいて足がもつれたと思われる」などと想像で書いていませんか? 空欄を埋めるために書いたその一言が、もし事実と違っていた場合、家族からの信頼を一気に失う火種になります。 報告書には、発見時のバイタル、倒れていた位置、周囲の状況、本人の訴えなど、客観的な事実のみを記載するのが鉄則です。分からないことは「不明」として記録し、多職種で検証することが誠実な対応です。推測や予断に基づいた説明は、家族への不信感を招くため避けるべきだと明記されています。
出典元の要点(要約)
厚生労働省 老健局介護保険施設等における事故予防及び事故発生時の対応に関するガイドライン
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事故報告書には、事故発生時の状況(日時、場所、当事者、状況等)を客観的事実に基づいて具体的に記述し、主観的な推測は避ける。
厚生労働省 老健局
介護保険施設等における事故予防及び事故発生時の対応に関するガイドライン
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家族への説明においては、事故の状況や原因について、現時点で判明している客観的な事実のみを伝え、推測や予断に基づいた説明は行わない。
「見守り強化」や「確認徹底」といった言葉は、一時的な安心感を与えるかもしれませんが、根本的な解決にはなりません。個人の努力ではなく、環境や仕組みを変えることこそが、本当の意味で利用者と自分自身を守る報告書につながります。
なぜ「反省」だけでは事故が減らないのか

現場では、事故が起きると「たるんでいる」「プロ意識が足りない」といった精神論で片付けられがちです。「私がもっとしっかりしていれば」と自分を責め、休憩も取らずに走り回ることでカバーしようとしますが、疲労が蓄積すれば余計にミスが起きやすくなる――そんな悪循環に陥ってはいないでしょうか。人間の注意力には限界があり、個人の頑張りだけで事故を防ぎ続けることは不可能です。ここでは、根本的な解決のために必要な分析の視点を紹介します。
「人は間違える」という前提に立つ
介護現場における事故防止の第一歩は、「人間は誰でも間違える(ヒューマンエラー)」という事実を認めることです。どんなに熟練した職員であっても、疲労や焦り、業務の多重課題(マルチタスク)といった状況下では、必ずミスを犯す可能性があります。 したがって、事故が起きた際に個人の資質や注意力を責めても意味がありません。むしろ、エラーを誘発した環境やシステムに欠陥がなかったかを探ることが重要です。個人の責任追及から、システム指向の対策へと考え方を転換する必要があります。
出典元の要点(要約)
厚生労働省 老健局介護保険施設等における事故予防及び事故発生時の対応に関するガイドライン
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人間はエラーを起こす動物であるという前提に立ち、個人の注意力に依存した対策ではなく、環境要因やシステム的な要因に着目した対策を講じることが重要である
「なぜなぜ分析」で真因を探る
事故の再発を防ぐためには、表面的な事象だけでなく、その背後にある真の原因(根本原因)を突き止める必要があります。そのための有効な手法として「なぜなぜ分析」が推奨されています。 これは、「なぜ事故が起きたのか?」という問いを繰り返し、深掘りしていく手法です。 例えば「転倒した」→なぜ?→「急いで歩いていた」→なぜ?→「トイレに行きたかった」→なぜ?→「利尿剤の効果時間を把握していなかった」といったように掘り下げることで、「見守り不足」ではなく「服薬と排泄リズムのアセスメント不足」という、具体的な改善点にたどり着くことができます。
出典元の要点(要約)
厚生労働省 老健局介護保険施設等における事故予防及び事故発生時の対応に関するガイドライン
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「なぜなぜ分析」は、発生した事象に対して「なぜ」を繰り返すことで、事象の背後にある根本的な原因を明らかにする手法であり、再発防止策の検討に有効である
視野を広げる「SHELL分析」
事故の要因を多角的に洗い出すためのフレームワークとして、「SHELL(シェル)分析」があります。これは、中心にいる当事者(L: Liveware)を取り巻く4つの要素との関係性を分析するものです。
- S (Software):マニュアル、手順書、勤務体制など
- H (Hardware):設備、福祉用具、センサー、建物の構造など
- E (Environment):照度、騒音、温度、床の状態などの環境
- L (Liveware):当事者以外の職員、利用者、連携する他職種
事故はこれらが複雑に絡み合って発生します。当事者(自分)だけでなく、マニュアルは適切だったか、道具は使いやすかったか、周囲の環境はどうだったかという視点を持つことで、より具体的で実効性のある対策が見えてきます。
出典元の要点(要約)
厚生労働省 老健局介護保険施設等における事故予防及び事故発生時の対応に関するガイドライン
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SHELL分析モデルは、当事者(L)を中心として、ソフトウェア(S)、ハードウェア(H)、環境(E)、当事者以外の人間(L)の各要素との相互関係から、エラーの要因を分析する手法である
事故の原因を「人」に求めると、現場は萎縮し、隠蔽体質になりがちです。「仕組み」に目を向けるこれらの分析手法を取り入れることは、職員を不当な責任追及から守り、前向きにケアを改善するチーム文化を作ることにつながります。
現場の迷いに答えるQ&A

日々の業務に追われる中で、事故報告書の作成について「本当にこれでいいのか」「どう書けば正解なのか」と迷うことは少なくありません。ここでは、現場で頻繁に聞かれる疑問に対し、国のガイドラインに基づいた回答を整理しました。
- Q忙しくてすべてのヒヤリハットを分析する時間がありません。どうすればよいですか?
- A
すべての事例に対して詳細な分析を行う必要はありません。 現場の業務負担を考慮し、すべてのヒヤリハットを分析するのではなく、重大な事故につながる可能性が高い事例や、頻発している事例などに優先順位をつけて分析を行うことが推奨されています。
出典元の要点(要約)
厚生労働省 老健局
介護保険施設等における事故予防及び事故発生時の対応に関するガイドライン
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すべてのヒヤリハット事例について詳細な分析を行うことは困難であり、影響度の大きさや発生頻度などを考慮して、分析対象とする事例に優先順位をつけることが重要である
- Q防ぎようのない転倒事故でも、報告書には「私の不注意」と書くべきですか?
- A
無理に過失があったかのように書く必要はありません。 報告書には、推測や反省の弁ではなく、発見時の状況や直前の様子などの「客観的な事実」のみを具体的に記録することが求められます。事実に基づかない記述は、かえって原因分析の妨げやトラブルの元となります。
出典元の要点(要約)
厚生労働省 老健局
介護保険施設等における事故予防及び事故発生時の対応に関するガイドライン
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事故報告書には、事故発生時の状況(日時、場所、当事者、状況等)を客観的事実に基づいて具体的に記述し、主観的な推測は避ける
- Q事故報告やヒヤリハットをたくさん出すと、評価が下がるのではないかと不安です。
- A
本来、報告は推奨されるべきものであり、評価が下がる理由にはなりません。 事故報告は「誰かを責めるため」のものではなく、「組織全体で情報を共有し、対策を立てるため」のものです。個人の責任を追及せず、報告を前向きに捉える組織文化を作ることがガイドラインでも重視されています。
出典元の要点(要約)
厚生労働省 老健局
介護保険施設等における事故予防及び事故発生時の対応に関するガイドライン
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事故情報の収集・分析は、個人の責任を追及するものではなく、組織的な課題として要因を抽出し、サービス向上につなげるために行われるものである
厚生労働省 老健局
介護保険施設等における事故予防及び事故発生時の対応に関するガイドライン
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職員が萎縮せず積極的に報告できるよう、非難しない文化(Just Culture)を醸成し、報告すること自体を評価する仕組みづくりが望ましい
事故報告書は、あなたを追い詰めるための書類ではありません。「事実を記録し、チームで共有する」という本来の目的に立ち返ることで、過度な不安を感じることなく、冷静に向き合うことができるはずです。
まとめ:自分と利用者を守る記録へ
事故報告書は、あなたを責めるための「始末書」ではありません。その真の目的は、個人の責任を追及することではなく、組織全体で情報を共有し、将来の事故を防ぐための「ケアの向上」にあります。
現場の人員配置や業務量には限りがあり、すべてを完璧にこなすことは難しいのが現実です。だからこそ、個人の努力や精神論に頼るのではなく、仕組みや環境を変える視点が重要になります。
明日からの業務で、少しだけ意識を変えてみてください。
- 報告書には「次は気をつけます」と書かず、「環境」や「道具」で変えられることがないか、一つだけ探してみる。
- 事故が起きた際、まずは謝るのではなく、バイタルや倒れていた位置などの「客観的事実」をメモすることに集中する。
事実に基づいた冷静な記録は、利用者への誠実なケアの証となり、結果として現場で働くあなた自身を守る最大の防御となります。
最後までご覧いただきありがとうございます。この記事がお役に立てれば幸いです。
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更新履歴
- 2025年12月23日:新規投稿


