「利用者様一人ひとりに、優しく寄り添いたい」。そんな理想とは裏腹に、
終わらないナースコールや理不尽な暴力に直面したとき。
ふと「手を上げてしまいそう」な衝動に駆られ、そんな自分に恐怖を感じることはありませんか。
それは、あなたの性格だけの問題ではありません。
現場の構造的な限界が影響する、脳の自然な反応だと考えられます。
全部は無理でも、まずは「自分の心を守る技術」だけ押さえてみるのはいかがでしょうか。
この記事を読むと分かること
- 脳科学的に怒りのスイッチを切るヒント
- 「優しい人」が追い詰められる心理的仕組み
- 今日から使える暴発を防ぐためのテクニック
一つでも当てはまったら、この記事が役に立ちます
結論:「我慢」も「発散」も逆効果になりやすい? 脳の仕組みで自分を守る

「カッとしたら6秒待つ」というアンガーマネジメント。
研修で習っても、目の前で暴力を振るわれたり、
夜勤でコールが鳴り止まない極限状態では、
「そんな余裕はない」と感じるのが現場の本音ではないでしょうか。
行き場のない怒りを抱え、トイレで叫んだり、
更衣室のロッカーを強く閉めて発散したり。
あるいは「プロだから」と、笑顔で必死に耐えているかもしれません。
しかし、実はその「発散」や「我慢」こそが、
かえってあなたを追い詰め、怒りを長引かせている可能性があります。
「我慢」と「発散」の意外な罠
ストレスが溜まった時、物に当たったり愚痴を言ったりして
発散(カタルシス)させようとすることがあるかもしれません。
しかし、実験研究においては以下のことが示されています。
- 怒りを物理的に発散(表出)させることは、怒りの感情を鎮めるどころか、維持・増幅しやすい
- 反すうにより怒りが維持されやすい
また、感情を無理に押し殺す「抑制」も、
生理的な覚醒(興奮状態)を高める場合があることが分かっています。
つまり、我慢も発散も、怒りの低減にはつながりにくいと考えられます。
出典元の要点(要約)
日本心理学会怒りの制御方略に関する研究動向と展望 ――実験研究を対象とした検討
https://www.jstage.jst.go.jp/article/jjpsy/96/2/96_96.23402/_pdf/-char/ja
実験研究において,怒りの表出は怒り感情を維持・増幅させることが示されており,カタルシス効果(浄化作用)は支持されていない。また,抑制(感情を表に出さないこと)は生理的覚醒を高める場合があり,反すう(怒りの出来事を繰り返し考えること)は怒りを維持させる。
イライラは「性格」ではなく「プロセス」
利用者に冷たくしてしまった時、
「自分は性格が悪い」「介護職失格だ」と責めていませんか。
しかし、その苛立ちはあなたの資質の問題とは限りません。
研究によると、介護職員の苛立ちは以下のようなプロセスをたどります。
- 心身の不調やモチベーションの低下
- 終わらない業務への焦り
- 利用者からの予期せぬ反応(拒否・暴力など)
これらが重なった結果として発生する自然な反応と考えられ、
個人の性格だけで説明できるものではないと考えられます。
出典元の要点(要約)
一般社団法人 日本社会福祉学会介護職員が利用者に対して苛立っていくプロセス
https://www.jstage.jst.go.jp/article/jssw/60/4/60_56/_pdf
介護職員の苛立ちは、心身の不調やモチベーション低下、終わらない業務への焦りを背景に、利用者からの予期せぬ反応(拒否、暴力、繰り返し等)に遭遇することで形成されるプロセスである。
思考より先に「姿勢」を変える
では、カッとなった瞬間にどうすればいいのでしょうか。
無理に「落ち着こう」と考えるよりも、という考え方もあり、
物理的な姿勢を変えることが有効な場合があると示唆されています。
- 怒りには対象に近づこうとする「接近動機づけ」(攻撃衝動)が含まれる
- 仰向けや後傾姿勢(後ろにのけぞる姿勢)をとることで、この衝動を下げることが示唆されている
現場では、一瞬だけ椅子に深く座り直したり、
上体を少し後ろに引くだけでも、
攻撃反応を抑えるきっかけになる場合があります。
出典元の要点(要約)
日本心理学会怒りの制御方略に関する研究動向と展望 ――実験研究を対象とした検討
https://www.jstage.jst.go.jp/article/jjpsy/96/2/96_96.23402/_pdf/-char/ja
怒りには攻撃行動を動機づける「接近動機づけ」が含まれるが、仰臥位(仰向け)や後傾姿勢をとることで接近動機づけが低下し、攻撃反応が抑制されることが示唆されている。
「もしもの時」を予約する技術(MCII)
突発的な怒りに備えるための一つの方法として、
MCII(精神的対比+実行意図)という技術があります。
難しそうに見えますが、やることはシンプルです。
事前に「もし〇〇になったら、××する」と決めておくだけです。
- If:もし、利用者に大声で怒鳴られたら
- Then:窓の外を見て、深呼吸を1回する
このように具体的な行動をあらかじめ計画(予約)しておくことで、
パニックになった脳でも自動的に対処できるようになる可能性があります。
出典元の要点(要約)
日本心理学会怒りの制御方略に関する研究動向と展望 ――実験研究を対象とした検討
https://www.jstage.jst.go.jp/article/jjpsy/96/2/96_96.23402/_pdf/-char/ja
目標の実現を阻む障害(怒りなど)を想定し、「もし障害が起きたら、対処行動をとる」という実行意図(Implementation Intentions)を形成するMCIIは、怒りの制御において有効である。
怒りを我慢したり物に当たったりするのは逆効果になりやすいです。イライラは現場の構造的なプロセスから生まれるものだと理解し、姿勢を変えたり、事前の計画(MCII)を持っておく「技術」で、自分の心を守りましょう。
「こんなはずじゃなかった」現場で起きる3つの限界

「何度言っても伝わらない」「手伝ってもらえない」。
介護現場で心が折れそうになる瞬間は、誰にでも訪れることがあります。
ここでは、多くの職員が直面する典型的な事例と、
エビデンスに基づいた「視点の切り替え方」を紹介します。
①何度説明しても同じ質問を繰り返される
- 【状況】
- 忙しい業務中、認知症の利用者が執拗に同じ訴えを繰り返す。
「さっき言ったでしょ!」と声を荒らげそうになり、
その直後に「なんて冷たい言い方をしてしまったんだ」と自己嫌悪に陥る。
- 忙しい業務中、認知症の利用者が執拗に同じ訴えを繰り返す。
- 【押さえるべき視点】
- これは認知症ケア特有の「意思疎通の困難さ」による精神的負担であり、
あなたの忍耐力だけの問題ではありません。
余裕がない時に無理に向き合うと、精神的負担が増すことがあります。
- これは認知症ケア特有の「意思疎通の困難さ」による精神的負担であり、
- 【対策】
- 可能であれば「これは病気の症状だ」と捉え直す(再評価)ことが理想ですが、
生理的な余裕がない時は無理をせず、
事務作業に目を向けるなど「気晴らし(注意の転換)」を行いましょう。
- 可能であれば「これは病気の症状だ」と捉え直す(再評価)ことが理想ですが、
出典元の要点(要約)
日本看護科学会介護施設における認知症ケア実践者の精神的負担の概念分析
https://www.jstage.jst.go.jp/article/jans/45/0/45_214/_pdf/-char/ja
意思疎通の困難さは、認知症ケア実践者の精神的負担の先行要件となる。
日本心理学会
怒りの制御方略に関する研究動向と展望 ――実験研究を対象とした検討
https://www.jstage.jst.go.jp/article/jjpsy/96/2/96_96.23402/_pdf/-char/ja
気晴らし(中立的な対象への注意転換)は、即時的な怒りの低減効果があり、再評価よりも認知的負荷が低い場合がある。
②暴力・暴言に対し「仕返ししたい」と思ってしまう
- 【状況】
- 入浴介助中に叩かれたり、ひどい言葉を投げつけられたりする日々。
恐怖心とともに、ふとした瞬間に
「叩き返したら静かになるのか」という危険な思考がよぎる。
- 入浴介助中に叩かれたり、ひどい言葉を投げつけられたりする日々。
- 【押さえるべき視点】
- 「プロだから我慢しなければ」と感情を押し殺す(抑制)は危険になり得ます。
抑制は生理的なストレス反応を高め、
生理的な覚醒を高める場合があります。
- 「プロだから我慢しなければ」と感情を押し殺す(抑制)は危険になり得ます。
- 【対策】
- 攻撃的な衝動(接近動機づけ)を感じたら、
思考で抑え込むのではなく、物理的に距離を取りましょう。
上体を後ろに引く(後傾姿勢)だけでも、攻撃衝動を下げる効果が期待されます。
- 攻撃的な衝動(接近動機づけ)を感じたら、
出典元の要点(要約)
日本心理学会怒りの制御方略に関する研究動向と展望 ――実験研究を対象とした検討
https://www.jstage.jst.go.jp/article/jjpsy/96/2/96_96.23402/_pdf/-char/ja
抑制(感情を表に出さないこと)は生理的覚醒を高める場合がある。また、後傾姿勢をとることで接近動機づけが低下し、攻撃反応が抑制される。
③ワンオペ夜勤中、ナースコールが止まらない
- 【状況】
- 一人で全フロアを担当中、対応が重なりパニック状態に。
「終わらない業務への焦り」から、
利用者の訴えがすべて「業務を妨害するノイズ」に感じられてしまう。
- 一人で全フロアを担当中、対応が重なりパニック状態に。
- 【押さえるべき視点】
- この苛立ちは「心身の不調」と「焦り」が結合したプロセスであり、
個人の能力不足とは限りません。
「自然に乱れる介護」が起きる前に、ブレーキをかける準備が必要だと考えられます。
- この苛立ちは「心身の不調」と「焦り」が結合したプロセスであり、
- 【対策】
- 勤務に入る前に、MCII(事前の計画)を立てておきましょう。
「もしコールが重なったら、まず深呼吸をする」と決めておくだけで、
とっさの対処行動につながる可能性があります。
- 勤務に入る前に、MCII(事前の計画)を立てておきましょう。
出典元の要点(要約)
一般社団法人 日本社会福祉学会介護職員が利用者に対して苛立っていくプロセス
https://www.jstage.jst.go.jp/article/jssw/60/4/60_56/_pdf
介護職員の苛立ちは、「終わらない業務への焦り」を背景にプロセスとして進行し、無意識のうちに「自然に乱れる介護」へとつながる。
日本心理学会
怒りの制御方略に関する研究動向と展望 ――実験研究を対象とした検討
https://www.jstage.jst.go.jp/article/jjpsy/96/2/96_96.23402/_pdf/-char/ja
MCII(実行意図の形成)は、怒りの制御において有効であり、目標達成を阻害する障害(怒りなど)への対処を自動化する助けとなる。
同じ質問や暴力、業務過多による苛立ちは、現場の構造的な課題が影響することがあります。我慢や根性論で乗り切るのではなく、「気晴らし」や「姿勢の調整」、「事前の計画(MCII)」といった具体的な技術を使って、衝動のピークをやり過ごすことを意識しましょう。
「性格が悪い」わけではない。現場が抱える構造的な「引き金」

「またあの職員はナースコールを取らない」。
「もっとゆっくり話を聞いてあげたいのに、次の業務が待っている」。
現場では、自分の努力だけではどうにもならない「壁」にぶつかることがあります。
イライラしてしまうのは、あなたが冷たい人間だからではありません。
そこには、介護現場特有の「構造的な理由」が存在すると考えられます。
なぜ、優しい人ほど追い詰められてしまうのでしょうか。
理想のケアができない「倫理的苦悩」
介護士を目指した人の多くは、
「利用者様の尊厳を守りたい」という高い志を持っています。
しかし、現実は人手不足や効率優先の業務に追われ、
流れ作業のようなケアにならざるを得ない場面があります。
「本当はもっと丁寧に接したいのにできない」。
この理想と現実のギャップが生むジレンマを「倫理的苦悩」と呼びます。
研究においても、これが認知症ケア実践者の大きな精神的負担となり、
燃え尽きや離職につながる要因の一つであることが指摘されています。
真面目な人ほど、この苦しみを抱えやすいと考えられます。
出典元の要点(要約)
日本看護科学会介護施設における認知症ケア実践者の精神的負担の概念分析
https://www.jstage.jst.go.jp/article/jans/45/0/45_214/_pdf/-char/ja
倫理的苦悩とは、自分が正しいと信じるケアの方針と実際に行われているケアとの間の乖離によって生じる苦悩であり、理想的なケアが実践できないジレンマや共感疲労が含まれる。
見えない負担が生む「他職員への不満」
「なんで私ばかり忙しいの?」。
チームケアであるはずの介護現場で、
負担が偏っていると感じることはありませんか。
他職員の利用者への関わり方が雑に見えたり、
いわゆる「手抜き介護」を目撃したとき、強い怒りが湧くことがあります。
しかし、組織の人間関係を気にして助けを求められず、
結果として自分一人で業務を抱え込んでしまう。
この「他職員への苛立ち」が余裕を奪い、
最終的に苛立ちを増幅させる悪循環が示されています。
出典元の要点(要約)
一般社団法人 日本社会福祉学会介護職員が利用者に対して苛立っていくプロセス
https://www.jstage.jst.go.jp/article/jssw/60/4/60_56/_pdf
他職員の利用者への関わり方や手抜き介護への苛立ち、他職員への配慮から業務を一人で抱え込むことが、利用者への苛立ちを増幅させる要因となる。
怒りを長引かせる「反すう」の罠
仕事が終わってからも、
「あの時のあの態度、許せない」「あんな言い方しなくても」と、
嫌な出来事を何度も思い出していませんか。
このように、怒りの出来事を繰り返し考え続けることを「反すう」と呼びます。
一見、反省や整理をしているように思えますが、
実はこれが怒りの感情を維持・増幅させてしまうことがあります。
翌日までイライラを引きずってしまうのは、
脳内で何度もその場面を思い出してしまっている可能性があるからです。
出典元の要点(要約)
日本心理学会怒りの制御方略に関する研究動向と展望 ――実験研究を対象とした検討
https://www.jstage.jst.go.jp/article/jjpsy/96/2/96_96.23402/_pdf/-char/ja
反すう(怒りの出来事を繰り返し考えること)は、怒りの感情を維持させる効果があり、怒りの鎮静化を妨げる要因となる。
イライラの原因は、理想と現実のギャップ(倫理的苦悩)や、チーム内の負担の偏りといった構造的な問題にあります。また、帰宅後の「一人反省会(反すう)」が怒りを長引かせているかもしれません。これらは「あなたの性格」だけで説明できるものではありません。
現場の「モヤモヤ」を解消するQ&A
忙しすぎる現場では、じっくり悩む時間さえありません。
ここでは、多くの職員が抱く「これって私だけ?」という不安に、
客観的な視点からお答えします(以下は一つの見方です)。
- Qイライラした時、壁を叩いたり大声で叫んだりして発散するのは良いことですか?
- Aいいえ、逆効果になる可能性があります。実験研究において、怒りを物理的に発散(表出)させることは、怒りの感情を鎮めるどころか、維持・増幅しやすいことが示されています。怒りが維持されやすくなる可能性があります。
出典元の要点(要約)
日本心理学会
怒りの制御方略に関する研究動向と展望 ――実験研究を対象とした検討
https://www.jstage.jst.go.jp/article/jjpsy/96/2/96_96.23402/_pdf/-char/ja
実験研究において、怒りの表出は怒り感情を維持・増幅させることが示されており,カタルシス効果(浄化作用)は支持されていない。
Q利用者にイライラしてしまい、そんな自分が許せません。私は介護職に向いていないのでしょうか?Aそうとは言い切れません。その感情は、業務への焦りや心身の疲労といった構造的な要因から生じるプロセスの一部である可能性があります。「苛立つ自分への嫌悪」は経験することがあるものであり、あなたが不誠実だからと決まったわけではありません。出典元の要点(要約)
一般社団法人 日本社会福祉学会
介護職員が利用者に対して苛立っていくプロセス
https://www.jstage.jst.go.jp/article/jssw/60/4/60_56/_pdf
「苛立つ自分への嫌悪・否定」は、利用者への苛立ちプロセスの中で生じる概念であり、援助者としての自分を否定してしまう心理が含まれる。
Qカッとなった瞬間、頭では分かっていても止まれません。どうすればいいですか?A思考で止めようとせず、身体の姿勢を変えてみてください。攻撃的な衝動(接近動機づけ)は、仰向けやリラックスした後傾姿勢をとることで低減することが示唆されています。一瞬椅子に深く座り直すだけでも、効果が期待されます。出典元の要点(要約)
日本心理学会
怒りの制御方略に関する研究動向と展望 ――実験研究を対象とした検討
https://www.jstage.jst.go.jp/article/jjpsy/96/2/96_96.23402/_pdf/-char/ja
後傾姿勢(後ろにのけぞる姿勢)をとることで、怒りに伴う接近動機づけが低下し、攻撃反応が抑制されることが示唆されている。
誰でもイライラすることはあります。それは、あなたが真剣に仕事に向き合っている証拠かもしれません。「発散」ではなく「姿勢の調整」など、脳に働きかける技術を知っておくことで、自分自身を守っていきましょう。
完璧なケアより「折れない心」を。明日からの小さな約束
ここまで読んでいただき、ありがとうございます。
最後に、一つだけお伝えしたいことがあります。怒りを感じることは、決して恥ずべきことではありません。
それはあなたが真剣に仕事に向き合い、
「もっと良くしたい」と願っている裏返しでもあります。ただ、その熱意があなた自身を焼き尽くしてしまわないように。
「我慢」や「発散」という方法ではなく、
脳科学に基づいた「技術」で、自分を守ってあげてください。- カッとしたら、姿勢を少し後ろに倒す
- 辛い時は、事務作業に意識を逃がす(気晴らし)
- 「もし〇〇なら××する」と事前に決めておく(MCII)
全部を完璧にする必要はありません。
明日、もしイラッとする瞬間があったら、
どれか一つだけ試してみてください。
その小さな行動が、あなたと利用者様を守る「安全装置」になるかもしれません。最後までご覧いただきありがとうございます。
この記事がお役に立てれば幸いです。
関連コンテンツ
更新履歴
- 2026年2月25日:新規投稿






