【介護】夕方の「帰りたい」どう対応する?不安と活動亢進を鎮めるケアのヒント

夕暮れ時の忙しい業務中、繰り返される帰宅願望。「否定してはいけない」と分かっていても、人手不足の現場ではつい説得制止をしてしまい、自己嫌悪に陥ることはありませんか。

理想的なケアが難しくても、脳の仕組みを知れば「あしらい」ではなく「ケア」に変わります。全部は無理でも、明日からできる一つの工夫を持ち帰ってください。

この記事を読むと分かること

  • 「帰りたい」の脳内メカニズム
  • 説得が逆効果になる医学的理由
  • 「場所」がわからなくなる原因
  • 罪悪感が消える「受容」の技術
  • 明日試せる具体的な声かけ

一つでも当てはまったら、この記事が役に立ちます

  • 夕方になると玄関へ向かう
  • 「ここは家」と説得してしまう
  • 説明しても数分で忘れる
  • 嘘をつく対応に心が痛む
  • 忙しいとつい怒ってしまう

結論:「帰宅願望」は性格ではなく脳の機能障害

脳のイメージ画像

現場では、夕方の忙しい時間帯に限って「家に帰ります」と繰り返されると、つい「さっき説明しましたよね」「ここは家ですよ」と説得したくなるものです。何度言っても通じないと、「わざと困らせているのではないか」とイライラしてしまうこともあるでしょう。しかし、これは本人の性格やわがままの問題ではありません。脳の機能障害によって引き起こされる現象です。

「場所」がわからなくなる脳の仕組み

「帰りたい」という訴えの背景には、今いる場所がどこかわからなくなる地誌的失見当識(※1)や、自宅を自宅と認識できない健忘(記憶障害)などが存在することが指摘されています。
認知症の方の脳内では、目の前の風景と「自分の知っている家」の記憶が一致していない可能性があります。そのため、たとえ何年も住んでいる施設であっても、本人にとっては「見知らぬ場所」であり、そこに閉じ込められていると感じてしまうことがあります。これは本人がふざけているわけではなく、脳の病気によって生じている症状です。

(※1)地誌的失見当識:道順や場所の位置関係がわからなくなる障害

出典元の要点(要約)

日本神経学会

認知症疾患診療ガイドライン2017

https://www.neurology-jp.org/guidelinem/degl/degl_2017_02.pdf

徘徊の背景には、地誌的失見当識や自宅を再認できない健忘など、多様な認知機能障害がある。不適切な対応(制止や説得)が攻撃性へと発展することもある。

「不安」が行動を引き起こしている

徘徊や帰宅願望は、単なる移動ではなく、活動亢進(※2)不安の一種として捉えられます。
見知らぬ場所に一人でいる(と感じている)恐怖から、「安全な場所(かつての家)」に帰ろうとするのは、人間として自然な防衛反応とも言えます。このとき、介護者が無理に制止したり、事実を突きつけて説得しようとしたりすると、本人の不安はさらに高まり、結果として興奮や攻撃的な言動を引き起こすリスクがあります。

(※2)活動亢進:動き回ったり、落ち着きがなくなったりする状態

出典元の要点(要約)

日本神経学会

認知症疾患診療ガイドライン2017

https://www.neurology-jp.org/guidelinem/degl/degl_2017_03.pdf

不安は様々なBPSDの原因になりうる。安心させる声かけや態度が基本である。

説得ではなく「受容」が治療になる

医学的なガイドラインにおいて、BPSD(行動・心理症状)への対応原則は、薬を使うことよりも先に非薬物療法を行うこととされています。
具体的には、本人の「帰りたい」という訴えを否定も肯定もせず、その気持ちを受け止める受容的・共感的態度で接することです。事実を認めさせる(説得する)ことよりも、まずは「不安な気持ち」に寄り添い、安心感を与えることが、推奨される対応です。

出典元の要点(要約)

日本神経学会

認知症疾患診療ガイドライン2017

https://www.neurology-jp.org/guidelinem/degl/degl_2017_03.pdf

BPSD(行動・心理症状)への対応の基本は、本人の訴えを否定も肯定もせず、受容的・共感的態度で接して安心感を与えることである。

帰宅願望は「わがまま」ではなく、場所がわからなくなる脳の機能障害や不安が背景にあるとされています。説得や制止は逆効果になりやすいため、まずは本人の不安を受け止める「受容」の姿勢がケアの基本となります。


現場でよく見る「帰りたい」の典型パターン

男性入居者

夕食前の忙しい時間帯や、夜勤で手薄なときに限って始まる「家に帰ります」の訴え。「お茶でも飲みましょう」と優しく声をかけたくても、オムツ交換や配膳に追われていると、つい「危ないから座ってて!」と制止してしまうこともあるでしょう。

マニュアル通りにいかない現場の現実は痛いほどわかります。ここでは、よくある事例を通して、そのとき利用者の脳内で何が起きているのかを整理します。

事例1:「ここは家じゃない」と怒り出すAさん

使い慣れた家具や表札があっても、「知らない場所に連れてこられた」「私の部屋はどこ?」と訴えるケースです。
何度説明しても納得してもらえず、対応する職員も「さっき説明したのに」と徒労感を感じてしまいます。

この背景には、新しいことを覚えられない記銘力低下に加え、進行すると現れる視空間障害(※1)があります。
脳内で「空間の認識」がうまくできず、目の前の景色を「自分の家」だと認識できない状態です。そのため、事実を伝えようとする説得(リアリティ・オリエンテーション)は、本人にとって「嘘」に聞こえ、混乱を深める原因になります。

(※1)視空間障害:空間における位置関係や方向を把握できなくなる障害

出典元の要点(要約)

日本神経学会

認知症疾患診療ガイドライン2017

https://www.neurology-jp.org/guidelinem/degl/degl_2017_06.pdf

Alzheimer型認知症では、初期から記銘力低下に加え、進行すると視空間障害(場所の認識障害)が現れる。障害に向き合うことを強いないことなど、患者の尊厳を守る態度が推奨される。

事例2:夕方になると出口へ向かうBさん

日中は穏やかでも、夕方になると「子供が待っているから」とソワソワし、玄関へ向かおうとするケースです。
これは地誌的失見当識(※2)により、自分がどこにいるかわからない不安が高まっている状態です。

また、こうした徘徊や帰宅願望は、活動亢進(※3)や不安の一種と考えられています。
無理に止めようとすると、閉じ込められた恐怖から興奮してしまうことがあります。このような場合、言葉での説得よりも、お茶を飲む、音楽を聴くといった感覚刺激を用いて、注意を別の方向へ向けることが症状の改善につながると報告されています。

(※2)地誌的失見当識:道順や現在地がわからなくなる障害
(※3)活動亢進:動き回るなど活動量が異常に高まること

出典元の要点(要約)

日本神経学会

認知症疾患診療ガイドライン2017

https://www.neurology-jp.org/guidelinem/degl/degl_2017_02.pdf

徘徊の背景には、地誌的失見当識や自宅を再認できない健忘など、多様な認知機能障害がある。徘徊や帰宅願望は「活動亢進」や「不安」の一種として捉えられる。

日本神経学会

認知症疾患診療ガイドライン2017

https://www.neurology-jp.org/guidelinem/degl/degl_2017_03.pdf

感覚刺激を用いる作業療法などはBPSDを改善するとされる。

「帰りたい」という訴えは、場所がわからない視空間障害や、不安による活動亢進が原因です。説得は混乱を招くため、脳の機能障害であることを理解し、感覚刺激などで注意をそらす対応が有効です。


なぜ「説得」は通用しないのか?脳科学的な理由

女性の介護職員の画像

現場では、何度も同じことを聞かれると、つい「さっき言いましたよね」「ここはあなたの家です」と理屈で説明したくなるものです。特に夜勤や夕食前の忙しい時間帯に、納得したはずの利用者が5分後にまた荷物をまとめている姿を見ると、「わざとやっているのでは?」「私の話を聞いていない」と徒労感を覚えることもあるでしょう。
しかし、これはご本人の性格や理解力の問題ではなく、脳の機能不全が引き起こす必然的な現象です。

新しい情報が「保存」されない

アルツハイマー型認知症の初期から現れる特徴的な症状に、出来事記憶(エピソード記憶)の障害があります。これは体験したこと自体を忘れてしまう症状です。


介護士が「ここは安全な場所ですよ」と丁寧に説明し、その場では本人が納得したように見えても、脳の「新しい情報を保存する機能」が壊れているため、説明を受けたという事実そのものが数分後には消えてしまいます。つまり、本人にとっては常に「初めて聞く話」であり、何度説明されても記憶に残らないのです。

出典元の要点(要約)

日本神経学会

認知症疾患診療ガイドライン2017 第6章 Alzheimer型認知症

https://www.neurology-jp.org/guidelinem/degl/degl_2017_06.pdf

典型的な症状は、緩徐に進行する出来事記憶の障害から始まり、次第に失語や遂行機能障害、視空間機能障害、人格変化などの社会的認知機能の低下へと進展します。

見えている「景色」が違う

病気が進行すると、視空間機能障害が現れ始めます。これは、目で見ている空間や位置関係を正しく認識できなくなる障害です。


私たちには「見慣れた食堂」に見えても、脳のエラーを起こしている本人の目には「出口のない迷路」や「見知らぬ怖い場所」として映っている可能性があります。自分の居場所が把握できない地誌的失見当識も加わり、「ここは自分の知っている安心できる家ではない」という恐怖が、帰宅願望を突き動かしています。

出典元の要点(要約)

日本神経学会

認知症疾患診療ガイドライン2017 第2章 症候,評価尺度,診断,検査

https://www.neurology-jp.org/guidelinem/degl/degl_2017_02.pdf

徘徊の背景には、地誌的失見当識や自宅を再認できない健忘など、多様な認知機能障害がある。

「正論」はプライドを傷つける

事実を認識させようとするアプローチ(リアリティ・オリエンテーション)は、時と場合によっては逆効果になります。


できないことや忘れていることを「事実」として突きつけられることは、本人にとって自分の能力低下を直視させられる苦痛でしかありません。ガイドラインでも、障害に向き合うことを強いるような対応は避け、本人の尊厳を守る態度が推奨されています。不安でいっぱいのときに正論をぶつけられることは、安心どころか追い詰められた気持ちにさせてしまうのです。

出典元の要点(要約)

日本神経学会

認知症疾患診療ガイドライン2017 第6章 Alzheimer型認知症

https://www.neurology-jp.org/guidelinem/degl/degl_2017_06.pdf

障害に向き合うことを強いないことなど、患者の尊厳を守る態度が推奨される。

説得が通用しないのは、新しい記憶を保存できない「記銘力障害」や、場所を認識できない「視空間障害」があるためです。正論での説得は、脳の機能的に不可能であり、かえって本人の尊厳を傷つけ不安を強める原因となります。


現場で迷う「こんな時どうする?」FAQ

頭では「受容」が大切だとわかっていても、実際の現場では「嘘をついているようで罪悪感がある」「安全のために止めなければならない」といった葛藤が尽きません。ここでは、現場でよくある疑問に対し、ガイドラインに基づいた対応のヒントをまとめました。

Q
Q. 「家に帰りたい」と言われた時、話を合わせても良いのでしょうか?「嘘」をつくことに罪悪感があります。
A
無理に事実(ここは施設です)を伝えて正そうとするよりも、ご本人の気持ちを受け止める受容的・共感的態度が推奨されています。 ガイドラインでは、本人の訴えを「否定も肯定もせず」、その背景にある不安感に寄り添うことで安心感を与えることが基本とされています。また、記憶障害などの障害に向き合うことを強いない、尊厳を守る態度が重要視されています。「事実と違うことを言う」ことに罪悪感を持つ必要はなく、本人の主観的な世界を否定しないケアの一つと捉えられます。
出典元の要点(要約)
日本神経学会

認知症疾患診療ガイドライン2017

https://www.neurology-jp.org/guidelinem/degl/degl_2017_03.pdf

BPSD(行動・心理症状)への対応の基本は、本人の訴えを否定も肯定もせず、受容的・共感的態度で接して安心感を与えることである。

日本神経学会

認知症疾患診療ガイドライン2017

https://www.neurology-jp.org/guidelinem/degl/degl_2017_06.pdf

障害に向き合うことを強いないことなど、患者の尊厳を守る態度が推奨される。

Q
Q. 忙しい時間帯で、一人ひとりゆっくり話を聞いてあげる余裕がありません。
A
必ずしも長い時間をかけて説得や会話をする必要はありません。 ご本人が混乱しているときは、簡潔な指示を心がけたり、別のことに注意を向けたりする方法(要求を変えること)が推奨されています。言葉で納得させるよりも、お茶を勧めたり音楽を流したりする感覚刺激を用いることで、気分が変わり症状が改善する場合もあります。
出典元の要点(要約)
日本神経学会

認知症疾患診療ガイドライン2017

https://www.neurology-jp.org/guidelinem/degl/degl_2017_06.pdf

患者が混乱しているときは要求を変える、簡潔な指示を心がけることが推奨される。

日本神経学会

認知症疾患診療ガイドライン2017

https://www.neurology-jp.org/guidelinem/degl/degl_2017_03.pdf

感覚刺激を用いる作業療法などはBPSDを改善するとされる。

Q
Q. 出口へ向かおうとするのを、無理に引き止めてはいけませんか?
A
安全確保は最優先ですが、可能な限り行動の抑制は避けるべきとされています。 強い制止や説得といった不適切な対応は、かえってご本人の不安を煽り、興奮や攻撃性へと発展させてしまうリスクがあります。危険がない範囲であれば、少し一緒に歩いたり、興味を他へ向けたりするアプローチが望ましいです。
出典元の要点(要約)
日本神経学会

認知症疾患診療ガイドライン2017

https://www.neurology-jp.org/guidelinem/degl/degl_2017_02.pdf

不適切な対応(制止や説得)が攻撃性へと発展することもある。

日本神経学会

認知症疾患診療ガイドライン2017

https://www.neurology-jp.org/guidelinem/degl/degl_2017_03.pdf

環境変化や身体的な苦痛によるせん妄を防ぐため、行動の抑制を避けるなどのケアが重要となる。

対応に正解はありませんが、「否定しない」「抑制しない」「簡潔に」という原則を知っているだけで、選択肢は広がります。ご本人の脳の状態に合わせたケアは、結果として介護者の負担を減らすことにもつながります。


まとめ:明日からの現場で「観察」を変えてみる

「帰りたい」という訴えは、ご本人の性格によるものではなく、脳の機能障害(地誌的失見当識や健忘)によって引き起こされる症状です。そのことを医学的な根拠として知っているだけで、目の前の行動に対する見方は大きく変わります。

明日、もし現場で同じ場面に遭遇したら、まずは深呼吸をして、説得しようとする言葉を飲み込んでみてください。そして、「今、脳の地図がうまくつながらなくて不安なんだな」と客観的に観察してみましょう。

「否定も肯定もせず、感情に寄り添う」という受容的な態度は、ご本人の不安を和らげるだけでなく、結果として対応する介護士自身の心の負担も軽くします。すべてを完璧に対応する必要はありません。まずは「脳の仕組み」を思い出すことから始めてみてください。

最後までご覧いただきありがとうございます。この記事がお役に立てれば幸いです。


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  • 2026年1月21日:新規投稿

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