認知症の「家に帰りたい」への正解は?説得より役割で居場所を作る

夕食準備の忙しい時間帯に限って「帰ります」と玄関へ。つい「車が故障した」とをつき、後で罪悪感に襲われる。そんな葛藤を抱えていませんか?

「ここは家です」という正論が拒否を強める今、否定も嘘も使わず、役割をお願いすることで、互いの心を守る現実的な方法があります。

この記事を読むと分かること

  • 「帰りたい」の心理的背景
  • 嘘が信頼を壊す理由
  • 拒否されない受容の話法
  • 役割で落ち着く仕組み
  • 罪悪感のない対応術

一つでも当てはまったら、この記事が役に立ちます

  • 夕方に玄関へ向かう
  • 毎日同じ嘘をつく
  • 正論を言い怒らせる
  • 引き止めに疲弊する
  • 「帰して」と騒がれる

結論:「嘘」と「説得」の限界を知り、受容と役割で心を満たす

夕方の廊下

「もうバスは終わりましたよ」「今日は泊まりの日でしょう」

夕暮れ時の忙しいフロアで、私たちは毎日のようにこの言葉を繰り返します。しかし、その場しのぎのや正論での説得が、かえってご本人の不安を煽り、興奮(BPSD)を長引かせている現実に、心のどこかで気づいているはずです。

「本当はゆっくり話を聞いてあげたい。でも、夜勤前のこの時間はどうしても手が離せない」

そんな現場のジレンマの中で、私たちができる最善の策は、真正面から説得することでも、罪悪感を抱えながら嘘をつくことでもありません。ご本人の「帰りたい」という言葉の裏にある不安を肯定し、その心を「役割」という形で満たすことです。

「帰りたい」は不安のサイン

夕方になると落ち着かなくなる「帰宅願望」は、単なるわがままや認知症の進行だけが原因ではありません。

そこには、「ここに自分の居場所がない」「何をしていいか分からない」といった心理的な不安や、周囲の環境への違和感が大きく影響しています。ご本人が訴える「家」とは、物理的な建物ではなく、かつて自分が役割を持ち、安心して過ごせた心理的な居場所を求めているサインであることが多いのです。

出典元の要点(要約)
国立研究開発法人 国立長寿医療研究センター

認知症・せん妄ケアマニュアル 第2版

https://www.ncgg.go.jp/hospital/iryokankei/documents/nintishomanual2025.pdf

BPSD(行動・心理症状)は、脳の器質的変化を背景に、身体的要因、環境的要因(不適切な刺激等)、心理・社会的要因が複雑に絡み合って誘発される。

否定や制止は「逆効果」になる

「帰れません」「座っていて」といった言葉は、ご本人の自尊心を傷つけるスピーチロック(言葉の拘束)となり、さらなる興奮や怒りを引き起こす原因になります。

認知症の方は、言葉そのものの意味よりも「拒否された」「大切にされていない」という感情の記憶を強く残します。そのため、いくら正論で説得しても、否定的な態度はご本人の不安を増幅させ、結果としてBPSD(帰宅願望や易怒性)を悪化させる悪循環を招いてしまいます。

出典元の要点(要約)
国立研究開発法人 国立長寿医療研究センター

認知症・せん妄ケアマニュアル 第2版

https://www.ncgg.go.jp/hospital/iryokankei/documents/nintishomanual2025.pdf

コミュニケーションにおいて、「命令する言葉」「子ども扱いする言葉」「相手を否定する言葉(スピーチロック)」の3つは患者の自尊心を傷つけ、易怒性や気分の落ち込みを招く。

「役割」が居場所を作る

説得する代わりに、「お茶碗を拭いてもらえませんか?」「タオルをたたんでくれませんか?」と声をかけ、なじみの役割を提供することが有効です。

これは単なる時間稼ぎではなく、ご本人が「自分はここにいても役に立つ人間だ」と感じられる心理的な居場所を作るためのケア(非薬物的介入)です。不安の対象から注意をそらし、得意な動作に集中してもらうことで、結果として帰宅への衝動が和らぐ可能性があります。

出典元の要点(要約)
国立研究開発法人 国立長寿医療研究センター

認知症・せん妄ケアマニュアル 第2版

https://www.ncgg.go.jp/hospital/iryokankei/documents/nintishomanual2025.pdf

BPSDは適切なケアや環境調整によって改善される可能性がある。 ケアの基本は、本人のなじみの生活習慣や生活史を尊重し、安心できる環境を整えることである。

完璧な対応を目指す必要はありません。まずは明日の夕方、玄関に向かう背中に「ダメですよ」と声をかける代わりに、「すみません、ちょっと手伝ってくれませんか?」と頼んでみる。その一言から始めてみてください。


現場で陥りがちな「帰宅願望」への対応3選

女性の介護職員の画像

「夕食準備の忙しい時間帯に限って、玄関に向かわれてしまう」 「毎日同じ嘘をついて引き止めることに、罪悪感と限界を感じている」

現場では、限られた人員の中で安全を守らなければならないため、ご本人の「帰りたい」という訴えに対し、やむを得ずその場しのぎの対応をしてしまうことがあります。

しかし、良かれと思ってついた嘘や、安全のための制止が、かえってご本人の不安を煽り、対応を難しくさせているケースも少なくありません。ここでは、現場でよくある3つの事例を通して、なぜその対応が行き詰まるのか、エビデンス(根拠)に基づいて解説します。

事例1:「車が故障した」と嘘で凌ぐ

「今日は車が故障して送れません」「息子さんはまだ仕事です」

このように、もっともらしいをついてその場を収めようとすることは、現場でよく行われます。一時的には納得してもらえるかもしれませんが、毎日同じ嘘を繰り返すうちに、「この人は嘘をつく」「何か隠している」という不信感が芽生え始めます。

認知症の方は事実の記憶が薄れても、感情の記憶は長く残るため、この不信感が「介護拒否」や「妄想」を強化させる原因になります。嘘でごまかすのではなく、「帰りたいのですね」と気持ちを受容し、別の話題へ注意を向ける関わりが推奨されます。

出典元の要点(要約)
国立研究開発法人 国立長寿医療研究センター

認知症・せん妄ケアマニュアル 第2版

https://www.ncgg.go.jp/hospital/iryokankei/documents/nintishomanual2025.pdf

BPSD(行動・心理症状)は、脳の器質的変化を背景に、身体的要因、環境的要因(不適切な刺激等)、心理・社会的要因が複雑に絡み合って誘発される。 医療者や介護者は、伝えたいことを優先するのではなく、本人の反応を一呼吸待って意思を読み取ることが大切である。

事例2:「ここは家ですよ」と正論で返す

「家に帰る」と訴える利用者に対し、「ここがあなたの家でしょう」「自分の部屋はそこですよ」と事実を突きつけて説得しようとするケースです。

ご本人が求めている「家」とは、単なる物理的な建物ではなく、かつて自分が役割を持ち、安心して過ごせた心理的な居場所(なじみの環境)であることが多々あります。

そのため、現在の環境を「家だ」と強制することは、ご本人の「居場所がない不安」を否定することになり(スピーチロック)、かえって「こんな牢獄は家じゃない」といった強い反発興奮を招く結果となります。

出典元の要点(要約)
国立研究開発法人 国立長寿医療研究センター

認知症・せん妄ケアマニュアル 第2版

https://www.ncgg.go.jp/hospital/iryokankei/documents/nintishomanual2025.pdf

コミュニケーションにおいて、「命令する言葉」「子ども扱いする言葉」「相手を否定する言葉(スピーチロック)」の3つは患者の自尊心を傷つけ、易怒性や気分の落ち込みを招く。 ケアの基本は、本人のなじみの生活習慣や生活史を尊重し、安心できる環境を整えることである。

事例3:玄関で押し問答になる

玄関から出て行こうとする利用者を、「ダメです!」「待って!」と力尽くで制止したり、ドアの前に立ちはだかったりして、押し問答になるケースです。

このような物理的・言葉による行動の制限は、ご本人にとって強いストレスとなり、恐怖や怒りの感情を爆発させる引き金になります。

無理に身体を止めるのではなく、安全な範囲で少し一緒に歩いたり、「洗濯物をたたむのを手伝ってください」と役割(なじみの動作)をお願いして注意をそらしたりすることで、興奮を鎮められる場合があります。

出典元の要点(要約)
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認知症・せん妄ケアマニュアル 第2版

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認知症の進行に伴いコミュニケーションの効力は言語的から非言語的へと移行するため、重度になるほど表情や身振りなどの非言語メッセージを用いることが効果的である。 スピーチロック(言葉の拘束)は患者の自尊心を傷つけ、易怒性を招く。

「嘘」「正論」「制止」は、いずれもご本人の不安自尊心を傷つけ、BPSDを悪化させるリスクがあります。まずはご本人の「帰りたい(不安だ)」という気持ちを否定せずに受け止め、安心できる役割環境を提供することが、遠回りのようで最も確実な解決策となります。


なぜ「嘘」ではなく「役割」なのか

女性の介護職員の画像

「さっき説明したばかりなのに、また聞きに来る」 「嘘をついて誤魔化しても、すぐにバレて怒り出す」

現場では、認知症の方の対応に追われ、出口のない迷路に迷い込んだような徒労感を覚えることがあります。「こちらの事情も分かってほしい」と思わず言いたくなる場面もあるでしょう。

しかし、ご本人が「帰りたい」と訴えるのには、認知症という病気の特性に基づいた明確な理由があります。そのメカニズムを知ることで、「なぜうまくいかないのか」というモヤモヤを解消し、冷静に対応する手がかりが得られます。

「帰りたい」は不安の表れ

夕方になると落ち着かなくなる「夕暮れ症候群」や帰宅願望は、単に「家に帰る」という行動だけの問題ではありません。

その背景には、「ここには自分の役割がない」「何をしていいか分からない」といった心理的な不安や、環境への違和感が大きく影響しています。つまり、「帰りたい」という言葉は、現在の環境において安心感が損なわれていることを知らせるSOSのサインであり、その不安を取り除くケアが求められます。

出典元の要点(要約)
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認知症・せん妄ケアマニュアル 第2版

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BPSD(行動・心理症状)は、脳の器質的変化を背景に、身体的要因、環境的要因(不適切な刺激等)、心理・社会的要因が複雑に絡み合って誘発される。 ケアの基本は、本人のなじみの生活習慣や生活史を尊重し、安心できる環境を整えることである。

「感情」の記憶は残る

「どうせ忘れるから」と安易な嘘をついたり、強い口調で制止したりすることは、ケアにおいてリスクとなります。

認知症の方は、出来事の事実関係(エピソード記憶)を忘れてしまっても、「嫌な思いをした」「大切にされなかった」という感情の記憶は長く保たれる傾向があります。

そのため、否定的な対応(スピーチロック)はご本人の自尊心を傷つけ、結果として「この人は敵だ」という不信感や易怒性(怒りっぽさ)を招き、BPSDを悪化させる要因となります。

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認知症・せん妄ケアマニュアル 第2版

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コミュニケーションにおいて、「命令する言葉」「子ども扱いする言葉」「相手を否定する言葉(スピーチロック)」の3つは患者の自尊心を傷つけ、易怒性や気分の落ち込みを招く。

「役割」が自尊心を満たす

なぜ、タオルたたみやお茶碗拭きなどの「役割」が効果的なのでしょうか。

それは、長年繰り返してきたなじみの習慣や動作が、認知症が進行しても保たれやすい能力だからです。

ご本人にとって馴染みのある活動に参加することは、単なる時間潰しではなく、「自分はまだ役に立つ」「ここにいていいんだ」という自尊心を取り戻す機会になります。安心できる環境と役割を提供することは、薬に頼らないBPSDケアの重要な柱です。

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ケアの基本は、本人のなじみの生活習慣や生活史を尊重し、安心できる環境を整えることである。 認知症の進行に伴いコミュニケーションの効力は言語的から非言語的へと移行する。

「帰りたい」という行動の裏には、不安自尊心の低下という心理的な背景があります。嘘でごまかすのではなく、「役割」を通じてその心を満たすことが、結果として最も効果的な解決策となります。


現場の「迷い」を解消するFAQ

「理屈はわかるけれど、実際にこう言われたらどう返せばいいの?」

現場で日々ケアにあたっていると、教科書通りにはいかない場面に必ず直面します。帰宅願望への対応について、よくある迷いや疑問をエビデンス(根拠)に基づいて解説します。

Q
どうしても「帰る」と言ってきかず、興奮が収まらない時はどうすればいいですか?
A

無理に説得したり制止したりせず、場所を変えて気分転換を図ることが推奨されます。 言葉で納得してもらうことが難しい場合、物理的に場所を変えたり、別の話題を提供したりして注意をそらす(注意転換)ことが有効な場合があります。無理に止めようとすると「スピーチロック(行動の制限)」となり、かえって興奮を強めるリスクがあります。

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https://www.ncgg.go.jp/hospital/iryokankei/documents/nintishomanual2025.pdf

BPSD(行動・心理症状)は、脳の器質的変化を背景に、身体的要因、環境的要因、心理・社会的要因が複雑に絡み合って誘発される。 コミュニケーションにおいて、「命令する言葉」「子ども扱いする言葉」「相手を否定する言葉(スピーチロック)」の3つは患者の自尊心を傷つけ、易怒性や気分の落ち込みを招く。

Q
忙しくて、タオルたたみなどの「役割」を準備する時間がありません。
A

特別な道具がなくても、「ここにいて大丈夫ですよ」と声をかけるだけで安心感につながります。 役割の提供が難しい場合でも、否定的な言葉を使わず、「ここにいて大丈夫ですよ」といった肯定的な言葉がけを行うことで、ご本人の不安を和らげることができます。安心できる環境や関係性を作ること自体が、重要なケアになります。

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「ここにいて大丈夫ですよ」といった安心できる言葉がけや肯定的な言い換えを行う必要がある。 ケアの基本は、本人のなじみの生活習慣や生活史を尊重し、安心できる環境を整えることである。

Q
家族に「帰りたいと言っている」と伝えてもいいのでしょうか?
A

伝えるべきですが、「困った行動」としてではなく、「ご本人の不安」として共有し、協力を仰ぐことが大切です。 家族はご本人の過去(生活史)を最もよく知る支援チームの一員です。「どのような家で、どのような役割を持っていたか」といった生活歴を家族から聞き取り、ケアに活かすことは、ご本人の安心できる環境を作る上で非常に重要です。

出典元の要点(要約)
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認知症・せん妄ケアマニュアル 第2版

https://www.ncgg.go.jp/hospital/iryokankei/documents/nintishomanual2025.pdf

ケアの基本は、本人のなじみの生活習慣や生活史を尊重し、安心できる環境を整えることである。

現場で「正解」を見つけるのは簡単ではありませんが、その対応には必ず「理由(根拠)」があります。
「なぜ帰りたいのか」を根拠に基づいて考えることができれば、感情的に巻き込まれることなく、冷静に対応の糸口を探せるようになります。まずはご本人の不安を受け止め、安心できる環境を整えることから始めていきましょう。


まずは「嘘」を手放し、「役割」を頼むことから

本記事では、夕暮れ時の「帰宅願望」に対する心理的背景と、嘘や説得に頼らないケアのアプローチについて解説しました。

明日からの現場で意識したいポイントは以下の3つです。

  • 「帰れません」「嘘の理由」での引き止めは、信頼関係を損ない興奮を長引かせる原因になる
  • まずは否定せず、「帰りたいのですね」とご本人の不安な気持ちを受容する
  • 「手伝ってください」となじみの役割をお願いし、心理的な居場所を作る

忙しい業務の中で、一人ひとりの話をじっくり聞く時間は取れないかもしれません。しかし、安易な嘘をつく罪悪感を手放し、「すみません、ちょっと手伝ってくれませんか?」と声をかけることなら、明日の夕方からでも実践できるはずです。

その一言が、ご本人の「ここにいてもいいんだ」という安心感につながる第一歩になります。

最後までご覧いただきありがとうございます。この記事がお役に立てれば幸いです。


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更新履歴

  • 2026年1月17日:新規投稿

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