「私なんてできない」「迷惑かけるから」。レクに誘っても、そう言って頑なに拒否されてしまうことはありませんか。現場では「励ましても逆効果で、どう声をかければいいか分からない」という悩みが尽きません。
本来は自信を持ってもらえるよう丁寧に関わるべきですが、業務に追われていると、つい「大丈夫、簡単だから!」と根拠のない励ましで押し切ろうとしてしまいがちです。
しかし、自信を失っている方への安易な励ましは、時にプレッシャーとなります。この記事では、無理に励ますのではなく、環境を整えて「頼る」ことで、自然と参加を引き出すプロの技術を解説します。
この記事を読むと分かること
- 「褒める」よりも効果的な「感謝」の使い方が分かります
- 失敗を恐れる利用者への、負担の少ない依頼方法を理解できます
- 「励まさなきゃ」という焦りから解放され、自然な関わりができるようになります
- 利用者の自尊心を守りながら、活動量を増やす環境作りが学べます
一つでも当てはまったら、この記事が役に立ちます
「励まし」よりも「失敗させない環境」が先決

自信をなくしている方に「自信を持って!」と声をかけるのは簡単ですが、それは時としてプレッシャーになります。現場では、業務を回すために「とりあえず参加してほしい」という焦りから、安易な励ましで押し切ろうとしてしまいがちではないでしょうか。
しかし、プロとして目指すべきは、言葉で心を動かすこと以上に、「失敗しようがない環境」を整えることです。
「頑張れ」は禁句?自尊心を守る鉄則
認知症ケアの原則において、「自尊心を傷つけない」ことは最も重要な要素の一つです。「頑張って」「もっとできる」という励ましや過度な称賛は、本人に「子供扱いされている」という不快感を与えたり、「期待に応えられない」という不安を増幅させたりするリスクがあります。
まずは言葉で励ますことよりも、本人が感じている心理的な負担(プレッシャー)を取り除くことを優先しましょう。
出典元の要点(要約)
厚生労働省認知症ケア法-認知症の理解
https://www.mhlw.go.jp/content/11800000/000701055.pdf
認知症の人への接し方のポイントとして、「自尊心を傷つけない」「感情に働きかける」ことが挙げられています。また、子供扱いをすることによる自尊心の傷つきが心理的特徴として指摘されており、これらに配慮した関わりが求められます。
プロの仕事は「失敗しない段取り」を作ること
「私には無理」と言わせないためには、実際に「できた」という体験が必要です。しかし、それは本人の努力に任せるものではありません。
プロの役割は、本人の能力を見極め、道具を使いやすい位置に置く、工程を単純化するなど、「失敗しようがない環境」を事前に整えることです。本人の意思決定能力や実行能力は、支援者の「支援力(環境調整)」によって変化するという研究結果もあります。
出典元の要点(要約)
厚生労働省認知症の人の日常生活・社会生活における意思決定支援ガイドライン
https://www.mhlw.go.jp/file/06-Seisakujouhou-12300000-Roukenkyoku/0000212396.pdf
本人の意思決定能力は固定的なものではなく、支援者の支援力や環境によって変化することが明記されています。本人の保たれている認知能力を向上させる働きかけや、残存能力への配慮が必要であるとされています。
「褒める」ではなく「感謝する」
「上手ですね」という評価(褒めること)は、どうしても「ケアする側・される側」という上下関係を生みがちです。一方で「助かりました」「ありがとうございます」という感謝は、相手を対等な「役に立つ存在」として承認します。
役割や出番を作り、その結果に対して感謝を伝えることで、傷ついた自尊心(Identity)や「携わっている感覚(Occupation)」は自然と満たされていきます。
出典元の要点(要約)
厚生労働省認知症ケア法-認知症の理解
https://www.mhlw.go.jp/content/11800000/000701055.pdf
トム・キットウッドが提唱した「認知症をもつ人達の心理的ニーズ」として、「OCCUPATION(たずさわること)」や「IDENTITY(自分が自分であること)」が図示されています。これらを満たす関わりが重要視されています。
よくある事例:その「親切」が自信を奪っているかも?

「『〇〇さんならできる』と励ましたら、余計に表情が暗くなってしまった」「失敗させるのが怖くて、ついスタッフが全部やってしまう」。現場からは、自信のない利用者への対応に迷う声が多く聞かれます。良かれと思ったその対応が、実は自信を奪っているかもしれません。
ケース1:「私には無理」と断る女性への依頼
活動に誘っても「私はもう何もできないから」「目が見えないから」と断られることがあります。つい「簡単ですから大丈夫ですよ」「みんなやってますから」と説得したくなりますが、自信を失っている人にとって「みんなができる簡単なこと」すらできないかもしれない状況は、恐怖でしかありません。
プロは、「できること」をピンポイントで頼ります。「全部やって」ではなく、「ここの端だけ持っていてくれませんか?」「このタオルを重ねてくれませんか?」と、絶対に失敗しない小さな工程を依頼します。これを繰り返すことで、「できない」という不安が「これならできる」という安心感に変わります。
出典元の要点(要約)
厚生労働省認知症ケア法-認知症の理解
https://www.mhlw.go.jp/content/11800000/000701055.pdf
認知症ケアの基本原則として「残された力で暮らしの喜びと自信を」取り戻すことが掲げられています。また、一度に多くのことを求めるのではなく、「1つのことをゆっくりと」行うことで、その人のペースを守りながら可能性を引き出すことができると示されています。
ケース2:失敗して落ち込んでいる時
畳んだタオルが崩れてしまったり、コップを倒してしまったりした時、「ドンマイです」「次は頑張りましょう」と慰めていませんか? 慰めは時に、「失敗した自分」を強調してしまいます。
プロは、結果(失敗したこと)には触れず、「過程」や「存在」に感謝します。「手伝おうとしてくれて嬉しかったです」「〇〇さんがいてくれて助かりました」と伝えます。失敗しても修正せず、その人の行動や気持ちそのものを認める姿勢が、次への意欲を繋ぎます。
出典元の要点(要約)
厚生労働省認知症ケア法-認知症の理解
https://www.mhlw.go.jp/content/11800000/000701055.pdf
認知症のとらえ方として、「できないことがあっても責めない」「その人の『そのままの姿』を支える」ことが重要であると図示されています。結果の成否よりも、張り合いのある生活を過ごすこと自体を目的とした関わりが推奨されています。
ケース3:遠慮して手を出さない男性
「悪いからいいよ」と遠慮して動かない男性に対し、何も言わずにスタッフが全部やってしまう(過剰介護)のは、その人の役割を奪うことになりかねません。
プロは、あえて「出番」を演出します。「ここがどうしても動かなくて…力をお借りできませんか?」と、スタッフが困っているふりをして頼ります。かつての仕事や習慣で培った「身体で覚えた記憶」を刺激することで、遠慮の壁を越えて体が動く瞬間を作ることができます。
出典元の要点(要約)
厚生労働省認知症ケア法-認知症の理解
https://www.mhlw.go.jp/content/11800000/000701055.pdf
「身体で覚えた記憶の威力」として、習慣で染みついた動作や得意なことは残りやすいとされています。また、「役割、出番」を作ることが、その人の持つ潜在的な力を発揮させる機会になると説明されています。
よくある質問(FAQ)

現場では、「理屈はわかるけれど、実際にはどうすれば?」という場面が多々あります。レクリエーション誘導や役割依頼に関するよくある悩みについて、現場の現実に即した解決のヒントをまとめました。
- Q頼めるような仕事が見当たりません。
- A
特別な仕事を作る必要はありません。「日常の家事」をシェアしましょう。
「役割」といっても、わざわざ新しいレク道具を準備する必要はありません。テーブル拭き、おしぼりたたみ、おやつの配膳、新聞の整理など、現場にある「日常の業務」を一緒に行うことが、立派な「役割レク」になります。
かつて家事を担ってきた方にとって、これらは「レク」よりも馴染み深く、自然に体が動く活動です。スタッフが楽をするためではなく、「リハビリ」や「生活意欲の向上」として堂々とお願いして良いのです。
出典元の要点(要約)
認知症介護研究・研修仙台センター
初めての認知症介護 食事・入浴・排泄編 解説集
https://www.dcnet.gr.jp/pdf/download/support/research/center3/35/35.pdf
資料では、食事の準備(テーブル拭き、茶碗の用意、盛り付けなど)に無理のない形で参加してもらうことを提案しています。これにより、残存能力や手続き記憶を発揮する機会となり、生活への自信や意欲につながるとされています。
- Q失敗させてしまった時はどうフォローすればいいですか?
- A
結果は気にせず、「やろうとしてくれた気持ち」に感謝を伝えましょう。
もし畳んだタオルが崩れていたり、テーブルに拭き残しがあったとしても、それを指摘したり修正したりする必要はありません。重要なのは「きれいにできたか」ではなく、「役に立とうとしてくれた」という自尊心です。
「ありがとうございます、助かりました」と感謝を伝えることで、本人の「できたつもり」を支え、傷つきやすい自尊心を守ることがプロの関わりです。
出典元の要点(要約)
厚生労働省
認知症ケア法-認知症の理解
https://www.mhlw.go.jp/content/11800000/000701055.pdf
「その人の『そのままの姿』を支える」ことが大切であり、「できないことがあっても責めない」姿勢が求められます。また、自尊心を傷つけない対応や、感情に働きかける関わりが重要であるとされています。
- Q言葉での依頼が通じにくい場合はどうすればいいですか?
- A
「物」を見せたり、ジェスチャーを使ったりする非言語コミュニケーションが有効です。
認知症が進行すると、言葉だけで「タオルを畳んでください」と伝えても理解が難しい場合があります。そんな時は、実際にタオルを手渡したり、スタッフが畳む動作を見せて「お願いします」とジェスチャーで伝えたりします。
言葉の意味は分からなくても、視覚情報や「渡された」という感覚(触覚)がきっかけとなり、身体で覚えている動作が引き出されることがあります。
出典元の要点(要約)
厚生労働省
認知症の人の日常生活・社会生活における意思決定支援ガイドライン
https://www.mhlw.go.jp/file/06-Seisakujouhou-12300000-Roukenkyoku/0000212396.pdf
本人の理解を助けるために、図や写真、具体的な例を用いることが有効であるとされています。また、言語による意思表示がうまくできない場合があり、身振りや表情とあわせて読み取ることや、言語以外のコミュニケーションも尊重することが求められます。
今日うまくいかなくても、明日は「役割」を変えてみたり、誘う人を変えてみたりすることで、反応が変わるかもしれません。正解は一つではないので、焦らず色々な「頼り方」を試してみてください。
まとめ:あなたの「ありがとう」が自信を作る
「私なんて…」と自信を失っている方の心を開くのは、簡単なことではありません。しかし、あなたの「頼る」というアプローチが、その人の凍り付いた心を溶かすきっかけになるかもしれません。
「励ます」よりも「出番」を作る
言葉で「元気を出して」と言うよりも、その人が輝ける「出番(役割)」を作ることの方が、はるかに雄弁な励ましになります。
失敗しない環境を整え、「あなたが必要なんです」と行動で伝えることで、失われた自信は少しずつ回復していきます。それは、「してあげるケア」から「一緒に過ごすケア」への転換でもあります。
出典元の要点(要約)
厚生労働省認知症ケア法-認知症の理解
https://www.mhlw.go.jp/content/11800000/000701055.pdf
認知症の人のケアの基本原則として、「『してあげる』ケアから『一緒に過ごす』ケアへ」という視点が示されています。一方的な支援ではなく、共に在る関係性が重要視されています。
「拒否」は「自信のなさ」の裏返し
「やりたくない」という頑なな態度の裏には、「失敗したらどうしよう」「恥をかきたくない」という切実な不安が隠れていることがあります。
その気持ちを受け止め、無理強いせずに「見ているだけでもいいですよ」と逃げ道を作ることも、自尊心を守るための立派なケアです。
出典元の要点(要約)
厚生労働省認知症ケア法-認知症の理解
https://www.mhlw.go.jp/content/11800000/000701055.pdf
認知症の人への接し方として「自尊心を傷つけない」ことが挙げられています。また、「できないことがあっても責めない」姿勢が、その人のありのままを支えることにつながるとされています。
結果ではなく「存在」に感謝する
たとえ頼んだ役割がうまく果たせなくても、そこにいてくれること、やろうとしてくれたことに「ありがとう」と伝えましょう。
「褒める」のではなく「感謝する」。その言葉は、ケアする側・される側の垣根を取り払い、対等な人間関係を築く架け橋になります。
明日、あの人に「ちょっと手伝ってもらえませんか?」と声をかけてみてください。その一言が、自信を取り戻す第一歩になるはずです。
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更新履歴
- 2025年12月1日:新規投稿


