時計は見えても理解できない見当識障害の仕組み

時計は見えても理解できない見当識障害の仕組み コラム

「何度説明しても時計を読めないのは自分の伝え方の問題かも」だと感じてるからいらっしゃいますよね?介護現場では、見当識障害による時間のつまずきが日々の不安や負担につながりやすいです。本記事は、対応策ではなく「なぜそうなるのか」という原因の理解に特化し、学会の一次資料に基づいて整理します。

結論として、時計が読めなくなる主因は複数の認知機能の低下が重なることです。日本神経学会のガイドラインでは、注意・記憶・視空間認知・言語理解などの機能低下が絡み合うことが説明されています。日本認知症学会のBPSDガイドライン第3版では、認知機能の低下に加えて、環境・身体・心理社会的要因など複数要因がBPSDに関与すると整理されています。さらに、国立長寿医療研究センターのマニュアルや研究でも、数字や針の意味の統合が難しくなることが示されています。

壁掛け時計の画像

本記事は原因解説に限定し、対応編は別記事で扱います。


💡この記事を読んで分かる事
この記事を読むと、見当識障害で時計が「見えるのに理解できない」理由を体系的に把握でき、原因に沿った記録・説明や場面に応じた声かけ設計に一貫性が生まれます。対応編へ進む前に必要な前提知識がそろい、日々のケア判断に深みが出ます。


時計は見えても理解できない見当識障害の仕組み

「何度説明しても時計が読めないのは自分の伝え方の問題かも」と感じている方がいらっしゃいますよね?本セクションでは、原因の枠組みをエビデンスに基づいてそろえ、現場で共有できる統一表現で整理します。

疑問に思っている女性介護職員

この記事の結論

時計が読めなくなる主因は、注意・記憶・視空間認知・言語理解など複数の認知機能の連鎖です。日本神経学会のガイドラインでは、これらの機能低下が重なることで「見えるのに理解できない」状態が生じると整理されています。日本認知症学会のBPSDガイドラインでは、認知機能低下に加えて環境・身体・心理社会的要因がBPSDに関与します。ここでは原因の理解に特化し、対応は別記事に分けます。

※エビデンス

日本神経学会
認知症疾患診療ガイドライン2017 第2章(症候・評価・診断)
注意・記憶・視空間・言語などの機能低下が相互に影響し、日常場面での理解困難が生じる構造を概説。見当識障害を中核症状の文脈でとらえ、評価と臨床判断の基本枠組みを提示している。
https://www.neurology-jp.org/guidelinem/degl/degl_2017_02.pdf

日本認知症学会
BPSDに対応する向精神薬使用ガイドライン(第3版)
BPSDは中核症状や環境・身体要因の影響で生じると整理し、まず非薬物的介入を基本に据える立場を明示。原因理解を前提に介入を設計する重要性を示している。
https://dementia-japan.org/wp-content/uploads/2025/06/guideline.pdf

時計理解に必要な認知機能

時計を読む行為は単純ではありません。下表のように、それぞれの機能が担う役割を押さえると、記録や申し送りの用語の統一が進みます。

認知機能具体的役割つまずくと起きやすいこと
注意針・数字への焦点化と維持文字盤を見ていても要点を拾えない
記憶数字の意味・読み方の想起数字を見ても時刻に結びつかない
視空間認知針の長短・位置関係の把握アナログ時計で混乱しやすい
言語理解視た情報を言語化「○時」という表現に変換できない
※エビデンス

国立長寿医療研究センター
認知症・せん妄ケアマニュアル 第2版
認知症の理解とケア実装の観点から、見当識(時間・場所・人物)支援の考え方を提示。無理のない手がかり提示や評価の視点を具体的にまとめている。
https://www.ncgg.go.jp/hospital/iryokankei/documents/nintishomanual2025.pdf

「時間を気にする」行動が残る背景

時計の数字は結びつかなくても、生活リズムに向けた意識が比較的保たれる場合があり、その期待や不安が言動に表れることがあります

※エビデンス

厚生労働省
認知症ケアの理解に関する資料
認知症に伴う行動・心理症状の捉え方を解説し、症状の背景に中核症状や環境・身体要因が関与することを整理。現場の基礎理解に資する内容。
https://www.mhlw.go.jp/content/11800000/000701055.pdf

このセクションでは、原因を同じ言葉で共有することを目的に、認知機能の連鎖という土台を確認しました。次のセクションでは、現場でイメージしやすいよくあるケースに進みます。


現場でよくあるケースから原因を整理する

「同じ説明をしているのに落ち着かない」と感じている方がいらっしゃいますよね?ここでは、現場で頻度の高い場面を取り上げ、原因の枠組みに沿って要点をそろえます。対応の詳細は別記事で扱います。

人差し指を上げて笑顔の女性介護職員

食堂の掛け時計を見つめて不安が続く

食事前、掛け時計を何度も見ても落ち着かない場面があります。注意の維持が揺らぐと針や数字に焦点が合わず、視空間認知の低下が加わると針の長短・位置関係の理解が難しくなります。数字の再説明を重ねても意味づけが進まず、不安が継続しやすいのが特徴です。ここで重要なのは、現象の背後に注意・記憶・視空間認知・言語理解の連鎖があるという前提を全員で共有することです。

※エビデンス

日本神経学会
認知症疾患診療ガイドライン2017 第2章(症候・評価・診断)
注意・記憶・視空間・言語など複数機能の相互作用が日常理解に影響する構造を解説。時間の見当識や時計理解の困難さを、複合的な認知機能低下の文脈で把握する重要性を示している。
https://www.neurology-jp.org/guidelinem/degl/degl_2017_02.pdf

デジタル表示でも理解が進まない

数字自体は読めても、記憶の取り出しや言語化が難しいと「いま何をする時か」へ結びつきません。アナログ表示で目立つ視空間認知だけでなく、デジタル表示でも意味の統合が滞ることがあります。


国内の神経心理学研究は時間見当識と注意・遂行機能・記憶など複数機能の関連を示しています。したがって、どの機能で詰まっているかの評価を前提に、複数の支援を組み合わせる必要があります。

デジタル時計
※エビデンス

日本神経心理学会
時間見当識課題の成績と他の認知機能との関連
時間見当識の成績が注意・遂行機能・記憶と関連することを示し、病期・個人差を踏まえた評価の必要性を示唆。時計理解を単一要因で説明しない視点の根拠となる。
https://www.jstage.jst.go.jp/article/neuropsychology/advpub/0/advpub_17258/_article/-char/ja/

「もう帰る時間」が頭から離れない

時計の数字は結びつかなくても、生活リズムに向けた意識は残りやすく、「帰宅」「面会」「入浴」などの区切りを強く気にすることがあります。背景には中核症状の変化に加え、環境・身体要因が関与する場合があり、原因の整理が不十分だと説明の個人差が生まれやすくなります。ここでは現象の理解に留め、具体の調整は別記事へつなげます。

※エビデンス

日本認知症学会
BPSDに対応する向精神薬使用ガイドライン(第3版)
BPSDは中核症状を背景に、環境・身体要因が影響して生じると整理。非薬物的介入を基本に、評価と方針決定を段階的に行う枠組みを提示している。
https://dementia-japan.org/wp-content/uploads/2025/06/guideline.pdf

国立長寿医療研究センター
認知症・せん妄ケアマニュアル 第2版
見当識(時間・場所・人物)支援を、無理のない手がかり提示と評価の視点から体系化。現場で用語と観察ポイントを統一することの意義を示している。
https://www.ncgg.go.jp/hospital/iryokankei/documents/nintishomanual2025.pdf

厚生労働省
認知症ケアの理解に関する資料
行動・心理症状の理解枠組みを示し、環境・身体要因への着目と基礎的な説明の整合性を重視する姿勢を示している。
https://www.mhlw.go.jp/content/11800000/000701055.pdf

このセクションでは、頻度の高い場面を手がかりに、複数機能の連鎖という視点で現象を位置づけました。次は、なぜその連鎖が起こるのかを根拠に基づいて掘り下げます。


なぜ「見えるのに理解できない」のか――脳機能の連鎖で整理する

時計を読む行為は単純ではありません。ここでは、注意・記憶・視空間認知・言語理解の連鎖という原因の枠組みを、一次エビデンスに基づいてそろえます。

記憶をイメージする脳の画像

注意:針や数字に焦点を当て続ける入口の機能

注意の維持が揺らぐと、針や数字のどこを見ればよいかが定まりません。入口の段階で情報が抜け落ちるため、その後の意味づけが進みにくくなります。まずは「注意が保持できているか」を観察語彙に入れることが、記録と申し送りの統一表現につながります。

※エビデンス

日本神経学会
認知症疾患診療ガイドライン2017 第2章(症候・評価・診断)
注意・記憶・視空間・言語などの機能低下が相互に関連し、見当識や日常理解へ影響する流れを解説。注意の障害が理解過程の入口でボトルネックになり得る点を整理している。
https://www.neurology-jp.org/guidelinem/degl/degl_2017_02.pdf

記憶:数字の意味や手順を取り出すプロセス

数字そのものは視えるとしても、近時記憶や手続き的な取り出しが不十分だと、時刻として結びつきません。段階が進むほど、記憶成分の寄与が大きくなることがあり、病期や個人差に沿った評価が要点になります。

※エビデンス

日本神経心理学会
時間見当識課題の成績と他の認知機能との関連
時間見当識が注意・遂行機能・記憶と関連する結果を示し、単一機能ではなく複数機能を併せて評価する必要性を示唆している。
https://www.jstage.jst.go.jp/article/neuropsychology/advpub/0/advpub_17258/_article/-char/ja/

視空間認知:針の長短・位置関係を捉える土台

アナログ時計では、長針・短針・数字の配置を統合する視空間処理が求められます。この処理が弱いと、見ているのに配置関係が結べず、「見えるのに理解できない」体験が起こりやすくなります。デジタル表示でも意味へつなぐ変換でつまずく場合があります。

※エビデンス

国立長寿医療研究センター
認知症・せん妄ケアマニュアル 第2版
見当識(時間・場所・人物)支援の考え方を示し、視空間処理や意味づけの段階で起こるつまずきを、無理のない手がかり提示の枠組みで整理している。
https://www.ncgg.go.jp/hospital/iryokankei/documents/nintishomanual2025.pdf

言語理解:視た情報を「○時」という表現に変換する出口

視覚情報が時刻表現へ変換される段階で、言語理解が弱いと「○時」という出力まで届きません。ここでは、視た情報→言語化のマッピングが鍵になり、他の機能低下と重なると理解の障害が明確化します。

※エビデンス

日本神経学会
認知症疾患診療ガイドライン2017 第2章(症候・評価・診断)
言語・視空間・注意などの領域別症候を横断的に扱い、日常課題の理解に至るまでの過程を段階的に把握する視点を提示している。
https://www.neurology-jp.org/guidelinem/degl/degl_2017_02.pdf

連鎖の全体像:どこで詰まるかを共通語彙でそろえる

下表は、評価の視点を簡潔に共有するための骨子です。観察・記録・説明で同じ語彙を使うことで、現場内と家族説明の整合性が高まります。

段階役割つまずきの例記録・説明の語彙例
注意焦点化と維持針に注意が続かない注意維持が不安定
記憶意味・手順の想起数字を時刻に結べない近時記憶の取り出し困難
視空間形と配置の統合針の長短・位置関係で混乱視空間処理の負荷増大
言語言語化・表現「○時」に言い換えられない言語化への変換が停滞
※エビデンス

日本認知症学会
BPSDに対応する向精神薬使用ガイドライン(第3版)
行動・心理症状の背景に中核症状や環境・身体要因があることを整理し、非薬物的介入を基本とする評価・方針決定の流れを提示。原因の把握を先行させる重要性を明確にしている。
https://dementia-japan.org/wp-content/uploads/2025/06/guideline.pdf

このセクションでは、理解の過程を入口(注意)から出口(言語)まで段階でそろえることを重視しました。次は、この枠組みを使いながら、現場で生じる疑問への整理(Q&A)へ進みます。


よくある質問(FAQ)

女性介護職員
Q
見当識障害になると、なぜ時計が読めなくなるのですか
A

注意・記憶・視空間認知・言語理解が連鎖して働く必要があります。いずれかが弱まると「見えるのに結びつかない」状態になります。日本神経学会のガイドラインでは、複数機能の低下が日常理解に影響すると整理されています。

※エビデンス

日本神経学会
認知症疾患診療ガイドライン2017 第2章(症候・評価・診断)
認知症の症候を領域別に整理し、注意・記憶・視空間・言語の機能低下が相互に影響して日常理解に至る過程で障害が生じることを示す。時計理解の困難は複合要因として説明できる。
https://www.neurology-jp.org/guidelinem/degl/degl_2017_02.pdf

Q
アナログ時計よりデジタル時計のほうが理解しやすいですか
A

一律には決まりません。アナログは視空間処理、デジタルは数値の意味づけの負荷が相対的に異なります。国立長寿医療研究センターのマニュアルでは、無理のない手がかり提示と個別の評価が重要と示されています。

※エビデンス

国立長寿医療研究センター
認知症・せん妄ケアマニュアル 第2版
見当識(時間・場所・人物)支援の考え方を提示。表示形式の優劣を前提化せず、個々の認知過程に合わせた手がかり提示と評価の継続を推奨。環境調整と説明の統一を重視している。
https://www.ncgg.go.jp/hospital/iryokankei/documents/nintishomanual2025.pdf

Q
「何度も時間を聞く」のは、単に忘れているからですか
A

忘却だけでは説明できません。不安や習慣、環境・身体要因が重なって生じることがあります。日本認知症学会のガイドラインではBPSDの背景に中核症状と諸要因が関与すると整理され、厚生労働省資料でも同旨の説明が示されています。

※エビデンス

日本認知症学会
BPSDに対応する向精神薬使用ガイドライン(第3版)
BPSDは中核症状に環境・身体要因が加わって生じると位置づけ、評価と非薬物的介入を基本とする枠組みを提示。
https://dementia-japan.org/wp-content/uploads/2025/06/guideline.pdf

厚生労働省
認知症ケアの理解に関する資料
行動・心理症状の理解枠組みを示し、背景要因への着目と基礎的説明の整合性を求める内容。
https://www.mhlw.go.jp/content/11800000/000701055.pdf

Q
訓練をすれば、また時計を読めるようになりますか
A

画一的な訓練の効果は限定的になり得ます。必要なのは、注意・記憶・視空間・言語のどこで詰まるかを把握し、無理のない手がかりで支えることです。国内の神経心理学研究では、時間見当識が複数機能と関連する点が示されています。

※エビデンス

日本神経心理学会
時間見当識課題の成績と他の認知機能との関連
時間見当識と注意・遂行機能・記憶との関連を報告。単一機能への介入だけでは不十分になり得ること、評価を組み合わせる必要性を示唆する。
https://www.jstage.jst.go.jp/article/neuropsychology/advpub/0/advpub_17258/_article/-char/ja/

Q
原因を把握するために、現場の記録では何をそろえるべきですか
A

注意・記憶・視空間認知・言語理解の観察語彙を共通化し、加えて環境・身体要因(照明、騒音、睡眠、便秘、疼痛など)を定期的に点検します。日本神経学会の枠組みと日本認知症学会の評価手順を併記すると、説明の一貫性が保てます。

※エビデンス

日本神経学会
認知症疾患診療ガイドライン2017 第2章(症候・評価・診断)
領域別症候を横断して評価語彙を整える視点を提示。見当識や日常理解の把握に有用。
https://www.neurology-jp.org/guidelinem/degl/degl_2017_02.pdf
日本認知症学会
BPSDに対応する向精神薬使用ガイドライン(第3版)
評価と非薬物的介入を基本とした段階的方針を明示。記録と方針決定の一貫性確保に資する。
https://dementia-japan.org/wp-content/uploads/2025/06/guideline.pdf


まとめ――原因の枠組みをそろえ、次は対応編へ

本記事では、時計が読めなくなる背景を注意・記憶・視空間認知・言語理解の連鎖として整理しました。まずは現場で同じ語彙と説明軸を共有し、記録・申し送り・家族説明を一貫した表現でそろえることが重要です。対応の詳細(環境調整・伝え方・評価の進め方)は、別記事の対応編で標準手順として提示します。


出典:
日本神経学会
認知症疾患診療ガイドライン2017 第2章(症候・評価・診断)
https://www.neurology-jp.org/guidelinem/degl/degl_2017_02.pdf

日本認知症学会
BPSDに対応する向精神薬使用ガイドライン(第3版)
https://dementia-japan.org/wp-content/uploads/2025/06/guideline.pdf

国立長寿医療研究センター
認知症・せん妄ケアマニュアル 第2版
https://www.ncgg.go.jp/hospital/iryokankei/documents/nintishomanual2025.pdf

厚生労働省
認知症ケアの理解に関する資料
https://www.mhlw.go.jp/content/11800000/000701055.pdf

日本神経心理学会
時間見当識課題の成績と他の認知機能との関連
https://www.jstage.jst.go.jp/article/neuropsychology/advpub/0/advpub_17258/_article/-char/ja/


更新履歴

  • 2025年9月24日:新規投稿

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