「さっき説明したばかりなのに」と、同じ質問を繰り返される。夕方の忙しい時間帯に限って「家に帰る」と荷物をまとめ始める。本当は一人ひとりの話にゆっくり耳を傾けたいけれど、目の前の業務に追われて、つい強い口調で「待って」と言ってしまう……。
そんな理想と現実のギャップに悩んでいませんか? 全部を完璧に対応するのは無理でも、入居者様が迷い込んでいる「不安な世界」の仕組みを知るだけで、肩の荷がふっと軽くなるはずです。
この記事を読むと分かること
- 「なぜ?」の正体と仕組み
- 病気による迷い方の違い
- 「取り繕い」の心理と真実
- イライラを減らす思考法
- 明日から使える観察視点
一つでも当てはまったら、この記事が役に立ちます
見当識障害の正体:世界を認識する「司令塔」のダウン

現場では「一人ひとりに寄り添うケア」が理想だと教わります。しかし、実際の人員配置では、食事介助の最中に何度もトイレの場所を聞かれると、つい「さっき言いましたよね」と返してしまうこともあります。
それはあなたが冷たいからではなく、「なぜ、そこまでわからなくなるのか」という仕組みが見えないため、不安や焦りが募るからです。
見当識とは「時・場所・人」の羅針盤
認知症は、単なる「物忘れ」ではありません。記憶だけでなく、言語や視空間認知などの認知機能の障害と、それに伴うBPSD(行動・心理症状)から構成されます。
見当識とは、「今がいつか(時間)」「ここがどこか(場所)」「目の前の人が誰か(人)」など、自分が置かれている状況を把握するための機能です。
ただし、どれが先に崩れるかを一律に断定できるものではなく、病型・進行・体調・環境要因によってズレ方は変わります。
現場で大事なのは、「ズレが起きている=わざと」ではなく、認知機能の障害として起きている可能性を前提に、何が分かっていて何が分からないのか(時間/場所/人)を落ち着いて観察することです。
出典元の要点(要約)
日本神経学会、日本認知症学会認知症疾患診療ガイドライン2017
https://www.neurology-jp.org/guidelinem/degl/degl_2017_02.pdf
認知症の診断を的確に行うためには、症候や評価尺度を理解し、必要な検査を行うことが目的とされる。認知症は記憶、言語、視空間認知などの認知機能の障害と、それに伴うBPSDから構成される。
「わざと」ではなく「病識」がない
「普通に会話ができるから」といって、本人が自分の間違いを自覚しているとは限りません。
正常な加齢による物忘れと異なり、認知症では「病識(自分が病気であるという自覚)」が低下していることが多いのが特徴です。
本人はふざけているわけでも、わざととぼけているわけでもありません。脳の機能として「自分が間違っていることに気づけない」状態にあるのです。そのため、周囲が事実を突きつけて訂正しても、混乱や不安を深めるだけの結果になりがちです。
出典元の要点(要約)
日本神経学会、日本認知症学会認知症疾患診療ガイドライン2017
https://www.neurology-jp.org/guidelinem/degl/degl_2017_02.pdf
問診は本人だけでなく家族や介護者に対しても行い、症状の経過、日常生活の問題、教育歴、趣味、職業などの生活歴を聞き取る。本人は病識に乏しい場合があるため、客観的な情報の収集が重要である。
見当識障害は、入居者様から「安心できる世界」を奪っています。訂正して事実を教えることよりも、まずは「今、羅針盤が壊れて不安の中にいるんだ」と理解することが、ケアの第一歩になります。
病気による「迷い方」の違い:アルツハイマー型(AD)vs レビー小体型(DLB)

現場では「昨日は自分で部屋に戻れたのに、今日は迷子になっている」「人を見て甘えているのではないか」と、入居者様の一貫性のない行動に戸惑う声がよく聞かれます。
忙しい業務の中で何度も同じ対応を迫られると、つい「しっかりして」と思いたくなりますが、実は病気のタイプによって「できない理由」は異なります。脳の中で何が起きているのかを知ることで、その不可解な行動の背景が見えてきます。
【アルツハイマー型】頭の中の地図が消える
アルツハイマー型認知症(AD)の方に見られる「迷い」は、単なる物忘れではありません。
初期から「視空間認知障害」が現れやすく、慣れ親しんだ場所でも自分の位置関係がわからなくなる「地誌的失見当識」が生じることがあります。
- トイレの場所がわからず廊下を歩き回る
- 図形の模写ができなくなる(構成障害)
- 目の前に食事があっても認識できない
本人はふざけているのではなく、脳内の「地図」が機能しなくなっているため、視覚からの情報だけでは目的地にたどり着けなくなっているのです。
出典元の要点(要約)
日本神経学会認知症疾患診療ガイドライン 2017 第6章 Alzheimer型認知症
https://www.neurology-jp.org/guidelinem/degl/degl_2017_06.pdf
Alzheimer型認知症は、緩徐に進行する出来事記憶の障害から始まり、次第に失語や遂行機能障害、視空間機能障害、人格変化などの社会的認知機能の低下へと進展します。
【レビー小体型】霧がかかったような変動
レビー小体型認知症(DLB)では、病初期に記憶障害が目立たない場合がある一方で、診断の際には他の特徴的な症状に留意することが重要とされています。
現場で「昨日はできたのに、今日は難しい」「反応がぼんやりする」と感じる場面では、性格ややる気の問題と決めつけない視点が重要です。
DLBでは、レム期睡眠行動異常症、パーキンソニズム、自律神経症状、嗅覚障害、うつ症状などの有無が、早期診断のポイントとして挙げられています。
出典元の要点(要約)
日本神経学会認知症疾患治療ガイドライン2017
https://www.neurology-jp.org/guidelinem/degl/degl_2017_07.pdf
DLBの臨床診断には、国際ワークショップ診断基準改訂版やDSM-5の診断基準が使用される。病初期には記憶障害が目立たない場合があり、記憶以外の認知機能(注意、遂行機能、視空間認知など)の障害や、レム期睡眠行動異常症、パーキンソニズム、自律神経症状、嗅覚障害、うつ症状などの有無に留意することが早期診断のポイントとなる。
「帰り道」がわからない本当の理由
「家に帰ります」と荷物をまとめたり、出口を探したりする行動は、介護現場では対応に迷いやすい場面です。
しかし、これは「わがまま」や「困らせようとしている行動」とは限りません。
認知症に伴うBPSD(行動・心理症状)として、次のような要因が重なって起こることがあります。
- 記憶障害
- 今いる場所や直前の出来事を保持できず、「どこにいるか分からない」状態になる
- 視空間認知の障害
- 周囲の構造や位置関係が把握しづらく、安心できる場所を探す行動につながる
- 身体的要因
- 痛み・便秘・脱水・眠気などの不調が不安を強める
- 環境的要因
- 人の出入りが多い・騒がしい・照明が強いなどの刺激が混乱を招く
- 心理的要因
- 不安・寂しさ・落ち着かなさが高まり、「帰りたい」という行動として表れる
対応の基本は、まず安全確保を最優先し、そのうえで
身体・環境・心理の要因を一つずつ確認していくことです。
行動そのものを止めるより、背景にある理由を探る視点が再発予防につながります。
出典元の要点(要約)
日本神経学会、日本認知症学会認知症疾患診療ガイドライン2017
https://www.neurology-jp.org/guidelinem/degl/degl_2017_02.pdf
認知症は記憶、言語、視空間認知などの認知機能の障害と、それに伴うBPSDから構成される。診断や治療効果の判定には、身体的・環境的・心理的要因の影響を受けて出現するBPSDを見逃さないための評価尺度の選択・実施が有用である。
「なんでできないの?」と感じた時こそ、その行動の裏にある脳の誤作動(タイプ)を見極めるチャンスです。「わざとではない」と理解するだけで、私たちの肩の力も少し抜けるはずです。
見当識が崩れる「順番」と「理由」

現場では、何度も同じことを聞かれると、つい「さっき言いましたよね」と返したくなります。「私を困らせようとしているの?」「都合の悪いことだけ忘れる」と感じることもあるでしょう。
しかし、これは性格の問題ではありません。脳の機能が「ある決まった法則」に従って壊れていく過程で起こる現象です。この法則を知るだけで、「わざとではない」という事実が腑に落ちるはずです。
時間は「最初に」失われる
見当識(時間・場所・人)は、認知症に含まれる高次脳機能の障害の一部です。つまり、日付・季節・昼夜の感覚が混ざったり、今いる場所の把握が不確かになったりするのは、「性格」ではなく認知機能の障害として起こり得ます。
現場では、特に「時間」に関するズレ(曜日・日付・昼夜・季節感の取り違えなど)が会話の中で表面化しやすく、早期に気づくきっかけになりがちです。
ただし、どの要素(時間/場所/人)が先に乱れるかは一律ではありません。目の前の状態をそのまま受け止めて、「いま何が手がかりになるか」を丁寧に確認することが重要です。
出典元の要点(要約)
日本神経学会、日本認知症学会認知症疾患診療ガイドライン2017
https://www.neurology-jp.org/guidelinem/degl/degl_2017_01.pdf
認知症は記憶、思考、見当識、理解、計算、学習能力、言語、判断を含む高次脳機能障害の症候群である。意識の混濁はない。通常、感情の制御、社会適動、あるいは動機づけの低下を伴う。
「取り繕い」はSOSのサイン
会話の辻褄が合わないのに、本人が自信ありげに話をつなげようとすることがあります。現場では、こうした“話を合わせる”様子を「取り繕い」として目にすることがあります。
ポイントは、これが「意図的な嘘」とは限らないことです。
認知症では、体験そのものを忘れやすいうえに、病識(自分が困っているという自覚)の低下が起こりやすく、「忘れている」こと自体を自覚できない場合があります。
その結果として、取り繕いが見られたり、状況によっては作話が見られる場合があります。
対応としては、矛盾を追及しないことが重要です。正しさを競うよりも、「今ここで必要な情報」に絞り、安心できる言い方で確認し直す方が、安全面・信頼関係の両方につながります。
出典元の要点(要約)
日本神経学会、日本認知症学会認知症疾患診療ガイドライン2017
https://www.neurology-jp.org/guidelinem/degl/degl_2017_02.pdf
正常老化によるもの忘れと異なり、認知症では体験そのものを忘れ、病識(自覚)が低下していることが多い。本人は覚えていないことを自覚できず、取り繕いや作話が見られる場合がある。
見当識障害とBPSDの関係
「家に帰りたい」「物を盗られた」といった行動・心理症状(BPSD)も、見当識障害と深く関わっています。
自分がどこにいるかわからない(場所の失見当識)不安が、「馴染みのある家に帰りたい」という行動に繋がります。また、置いた場所を忘れた(記憶障害)事実を認識できず、「誰かが盗った」という被害妄想で辻褄を合わせようとします。
これらはすべて、壊れた世界の中で自分を守ろうとする必死の適応行動なのです。
出典元の要点(要約)
日本神経学会、日本認知症学会認知症疾患診療ガイドライン2017
https://www.neurology-jp.org/guidelinem/degl/degl_2017_02.pdf
BPSD(行動・心理症状)は、認知機能障害を背景とし、身体的・環境的・心理的要因の影響を受けて出現する。徘徊などの異常行動は、地誌的失見当識などを背景としている場合がある。
不可解に見える行動も、「時間・場所・人のどこが崩れているか」という視点で見れば、すべて理由があります。理由がわかれば、それは「攻撃」ではなく「混乱」だと理解できるようになります。
現場の「迷い」に答えるFAQ
「教科書通りにはいかない」「この対応で合っているのか不安」。そんな現場の介護士さんが抱えがちな疑問について、ガイドラインのエビデンスに基づき解説します。
- Q間違ったことを言っている時、訂正してはいけないのですか?
- A
強い否定は避けるべきですが、事実を伝えることは有効な場合があります。 頭ごなしの否定は、ご本人の不安や混乱を招き、怒りや拒絶といった行動・心理症状(BPSD)を悪化させる要因になり得ます。 一方で、日時や場所などの正しい情報を繰り返し優しく伝えることは「リアリティ・オリエンテーション(RO)」と呼ばれ、現実見当識を高める効果が報告されています。「訂正」して言い負かすのではなく、カレンダーや時計を見せながら「事実を共有する」姿勢が推奨されます。
出典元の要点(要約)
日本神経学会、日本認知症学会
認知症疾患診療ガイドライン2017
https://www.neurology-jp.org/guidelinem/degl/degl_2017_02.pdf
認知症の行動・心理症状(BPSD)は、認知機能障害を背景とし、身体的・環境的・心理的要因の影響を受けて出現する。不適切なケア環境が誘因となることもある。
日本神経学会
認知症疾患診療ガイドライン 2017 第6章 Alzheimer型認知症
https://www.neurology-jp.org/guidelinem/degl/degl_2017_06.pdf
リアリティ・オリエンテーション(RO)は、日時や場所などの正しい情報を繰り返し教示することで現実見当識を高める手法である。
- Q普通に会話ができるのに、認知症ということもありますか?
- A
あります。表面的な会話能力と、見当識は別の機能です。 認知症は「記憶」だけでなく、「見当識(時・場所・人)」や「視空間認知」などを含む高次脳機能障害の総称です。 特に初期のアルツハイマー型認知症などでは、社交的な会話や挨拶はスムーズにできても、直前の出来事を忘れていたり、慣れた場所で迷ったりする(地誌的失見当識)ことが生じます。「話せるから大丈夫」と判断せず、生活上の具体的な行動(迷い、失敗)を観察することが重要です。
出典元の要点(要約)
日本神経学会、日本認知症学会
認知症疾患診療ガイドライン2017
https://www.neurology-jp.org/guidelinem/degl/degl_2017_01.pdf
認知症は記憶、思考、見当識、理解、計算、学習能力、言語、判断を含む高次脳機能障害の症候群である。
日本神経学会
認知症疾患診療ガイドライン 2017 第6章 Alzheimer型認知症
https://www.neurology-jp.org/guidelinem/degl/degl_2017_06.pdf
Alzheimer型認知症は、緩徐に進行する出来事記憶の障害から始まり、次第に失語や遂行機能障害、視空間機能障害、人格変化などの社会的認知機能の低下へと進展する。
正解のない介護現場において、迷うことは決して悪いことではありません。 「なぜその行動をするのか」という背景(エビデンス)を知ることで、その迷いを「観察」というポジティブな行動に変えていくことができます。まずはご本人が見ている世界を想像することから始めてみてください。
まとめ:解決しようとせず、まずは「観察」から
ここまで、認知症による「見当識障害」のメカニズムと、病気ごとの特徴について解説してきました。
現場では日々、予測できない行動への対応に追われますが、それらには必ず「脳の機能低下」という理由があります。入居者様は決してふざけているわけではなく、羅針盤を失った不安な世界の中で、必死に適応しようとしているのです。
明日からのケアで、もし「なんでできないの?」とイライラを感じそうになったら、一度深呼吸をして、こう問いかけてみてください。
「今、この方は『時・場所・人』のどこでつまずいているのだろう?」
無理に解決しようとしたり、正そうとしたりする必要はありません。まずは、その「つまずき」に気づき、観察するだけで十分です。その視点を持つこと自体が、ご本人の不安に寄り添うケアの第一歩となります。
次回の【Vol.2 会話編】では、観察した「不安」に対して、どのように声をかければよいのか、具体的な「否定しない会話術」について解説します。
最後までご覧いただきありがとうございます。この記事がお役に立てれば幸いです。
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更新履歴
- 2026年1月18日:新規投稿







