介護のイライラを変えるアンガーマネジメント実践法

「本当はもっと優しく接したい」という理想と、分刻みの業務や人員不足という現実。そのギャップの中で、繰り返されるナースコールや暴言に、つい感情的になり自己嫌悪に陥ることはありませんか。

それはあなたの性格のせいではなく、現場特有の構造が生む「反応」です。全てを解決するのは難しくても、まずは自分を守るための「技術」を一つだけ身につけてみましょう。

この記事を読むと分かること

  • イライラが発生する「仕組み」
  • その場でできる「姿勢と呼吸」
  • 怒りを脳から捨てる「記述法」
  • 自分を守る「プロの考え方」
  • 燃え尽きないための「予防策」

一つでも当てはまったら、この記事が役に立ちます

  • ナースコールに舌打ちしたくなる
  • 「もういい加減にして」と思う
  • 利用者の暴言が怖くてたまらない
  • 協力しない同僚に腹が立つ
  • 自分の性格が嫌いになりそうだ

結論:イライラは「性格」の問題ではなく、脳と環境が引き起こす「反応」

女性の介護職員の画像

現場では「利用者様第一」という美しい理念が掲げられますが、実際の人員配置ではトイレ誘導と食事介助、さらには頻回なナースコールが同時に重なることなど日常茶飯事です。「一人ひとりに寄り添いたい」と思っていても、業務を時間内に終わらせるプレッシャーの前では、心に余裕を持つことなど物理的に不可能な瞬間があります。

そんな極限状態で湧き上がるイライラを、「自分が未熟だからだ」「向いていないのではないか」と個人の性格のせいにして自分を責める必要はありません。それは過酷な環境に対する、脳と身体の正常な防衛反応だからです。

イライラは「悪循環のプロセス」として発生する

介護現場での苛立ちは、ある瞬間に突然発生するものではありません。研究によると、そこには明確なプロセス(過程)が存在します。

まず、日々の業務による「心身の不調(疲れ・腰痛)」や、組織への不満による「モチベーション低下」といった苛立ちやすい土壌が形成されます。その状態で業務にあたり、「終わらない業務への焦り」を感じている時に、利用者からの拒絶や繰り返される訴えに直面することで、感情が爆発しやすくなります。

さらに、つい声を荒らげてしまうなどの「自然に乱れる介護」を行ってしまった後、「なんであんなことをしてしまったんだろう」と自己嫌悪に陥ることで、さらに精神的な負担が増大します。この悪循環の構造を知ることが、自分を守る第一歩です。

出典元の要点(要約)
一般社団法人 日本社会福祉学会

介護職員が利用者に対して苛立っていくプロセス

https://www.jstage.jst.go.jp/article/jssw/60/4/60_56/_pdf

図1 介護職員が利用者に苛立っていくプロセス(結果図)の【ストーリーライン】として,介護職員が利用者に苛立っていくプロセスは,〈心身状態の不調〉,〈モチベーションの低下〉という苛立ちやすい状態で業務につき,そのなかで〈終わらない業務への焦り〉,〈利用者への苛立ち〉が生起し,〈他職員介護による苛立ち・負担〉が苛立ちを増加させ,〈思い通りにいかない苛立ち〉を生み,最終的に〈自分自身への苛立ち〉となり,諸種の焦りや苛立ちが悪循環していくプロセスとなっていた。

一般社団法人 日本社会福祉学会

介護職員が利用者に対して苛立っていくプロセス

https://www.jstage.jst.go.jp/article/jssw/60/4/60_56/_pdf

“苛立つ自分への嫌悪・否定”とは‘利用者にイライラしてしまった自分に対して嫌悪感を抱いたり,援助者としての自分を否定してしまうこと’であり,「うまくそこができないから(感情コントロール),なんで私はうまくできないんだろうっていう風な思いで悩む」と語られ,介護職員は自己嫌悪・自己否定に陥っており,悪循環していくプロセスの終点であると位置づけられている。

疲れている時に「ポジティブに考える」のは逆効果

アンガーマネジメントではよく「怒りの原因を別の視点で捉え直す(再評価)」ことが推奨されます。例えば、利用者の暴言を「自分への攻撃」ではなく「病気の症状」と考えるような方法です。

しかし、この「再評価」は脳の前頭前野という部分の機能を使うため、非常に大きな精神的努力(認知リソース)を必要とします。

ただでさえ業務に追われ、生理的なストレス状態で余裕がない時に、無理に「ポジティブに考えよう」と努力することは、脳にとって過度な負担となり、かえってうまくいかないことがあります。疲弊している時には、思考を変えることよりも、負担の少ない別の方法を選択する方が現実的です。

出典元の要点(要約)
日本心理学会

怒りの制御方略に関する研究動向と展望 ――実験研究を対象とした検討――

https://www.jstage.jst.go.jp/article/jjpsy/96/2/96_96.23402/_pdf/-char/ja

再評価は主観的な怒りを鎮めるための最も有効な方略の1つであるが、即時的な怒りの減少量は気晴らしに劣り、生理的ストレス状態のような個人の認知資源が限られた状況において有効性が減じる。

日本心理学会

怒りの制御方略に関する研究動向と展望 ――実験研究を対象とした検討――

https://www.jstage.jst.go.jp/article/jjpsy/96/2/96_96.23402/_pdf/-char/ja

情動の再評価は、背側前帯状皮質、背内側―、背外側―、腹外側前頭前野といった認知制御領域の機能によって実現されることから、感情制御方略の中でも特に努力を必要とする。攻撃衝動の高まりを伴うような強い怒りに対し再評価を試みることは非常に困難であり、怒りの対象との関係が良好な者でなければ攻撃行動は減少しないことや、自由記述において再評価の使用が非常に少ないことは、怒りの再評価には多大な努力が必要であり、その実施には強い動機づけを要することを示唆している。

まずは「姿勢」と「呼吸」で脳の暴走を止める

思考のコントロールが難しい時は、身体的なアプローチが有効です。怒りを感じると、人は対象に向かっていこうとする接近動機づけが高まり、無意識に前のめりになります。

この時、あえてリラックスチェアに深く座る、あるいは背もたれに体を預けて後傾姿勢をとるなどして、物理的に「接近」を阻む姿勢をとると、攻撃的な衝動を抑えやすくなることが示唆されています。

また、呼吸の制御も有効です。単に深呼吸するだけでなく、1分間の呼吸数を7回未満(吸って吐いてを約8.5秒以上かけるペース)に抑えてゆっくり呼吸することで、感情制御に関わる心拍変動(HRV)の数値が高まり、怒りが静まりやすくなります。

出典元の要点(要約)
日本心理学会

怒りの制御方略に関する研究動向と展望 ――実験研究を対象とした検討――

https://www.jstage.jst.go.jp/article/jjpsy/96/2/96_96.23402/_pdf/-char/ja

接近動機づけの高まりは主観的な怒りや攻撃行動を増幅させる内的衝動であるため、特性怒りが高く接近動機づけが高まりやすい人ほど、主観的な怒りの制御にも有効な可能性がある。明所に比べた暗所、座位に比べた後傾座位、物体を手で押しのけ遠ざける動作といった操作を用いて接近動機づけの高まりを妨げると、低い特性怒りを持つ個人に比べ、高い特性怒りを持つ人の状態怒りや攻撃行動がより減少した。

日本心理学会

怒りの制御方略に関する研究動向と展望 ――実験研究を対象とした検討――

https://www.jstage.jst.go.jp/article/jjpsy/96/2/96_96.23402/_pdf/-char/ja

感情制御能力のバイオマーカーとされる心拍変動(LFおよびSDNN)は、呼吸数を1分間に7回未満に抑えることで大幅に増加する。呼吸を用いて心拍変動を増加させることで怒りが減少するか検討した研究では、呼吸数を抑えた群においてLFが大きいほど主観的な怒りが減少した。

介護のイライラは、心身の不調や業務の圧迫という構造的な要因から生まれる自然な反応です。無理に性格を変えようとせず、まずは「姿勢」や「呼吸」といった身体のスイッチを切り替えることで、沸点に達する前の自分を守ることから始めましょう。

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現場で起こる「苛立ち」の典型的な3つのパターン

男性入居者

現場では、日々の業務に追われる中で「もう限界かもしれない」と感じる瞬間が多々あります。「排泄介助に入ろうとした瞬間に別の部屋からナースコールが鳴り止まない」「一生懸命話しかけても無視されたり、突然怒鳴られたりする」といった経験は、決してあなただけのものではありません。

どれだけ経験を積んでも、心身が削られるような場面では感情が揺さぶられるのが当然です。ここでは、多くの介護職員が直面し、悩み続けている具体的なケースを見ていきます。

事例1:終わらない業務と繰り返される訴え

業務の段取りが崩れ、時間に追われている時に限って、同じ訴えが繰り返されることがあります。

現場では以下のような状況が報告されており、これらは個人の忍耐力の問題ではなく、構造的な悪循環として生じています。

  • 頻回なナースコール
    • 「1分に1回」といった頻度で同じことを聞かれ、対応しても変化が見られないため無力感に襲われます。
  • 業務の焦り
    • 自分の担当業務を時間内に終わらせなければならないという「迫りくる時間への焦り」が、苛立ちを増幅させます。
  • 伝わらないもどかしさ
    • 何度説明しても理解してもらえず、感謝などの反応も得られないため、一方通行のコミュニケーションに疲弊します。

このように、〈終わらない業務への焦り〉と利用者の症状による対応困難さが重なることで、苛立ちのプロセスが加速していくことが分かっています。

出典元の要点(要約)
一般社団法人 日本社会福祉学会

介護職員が利用者に対して苛立っていくプロセス

https://www.jstage.jst.go.jp/article/jssw/60/4/60_56/_pdf

“繰り返される訴えへの苛立ち”とは‘利用者の繰り返される訴えや繰り返される行動・心理症状への対応に苛立つこと’であり,何度も同じ訴えを繰り返されると対応しているのに変化がみられないことに苛立ってしまう状況となり,終わりの見えない介護は介護職員を疲弊させて苛立たせていた。

一般社団法人 日本社会福祉学会

介護職員が利用者に対して苛立っていくプロセス

https://www.jstage.jst.go.jp/article/jssw/60/4/60_56/_pdf

〈利用者への苛立ち〉は,〈終わらない業務への焦り〉のなかで予期せぬ業務や攻撃的・否定的反応があると発展し,“業務中迫られる対応への苛立ち”“繰り返される訴えへの苛立ち”“攻撃的言動への苛立ち”“拒否的反応への苛立ち”“カチンとくる一言”から成り立つと整理されている。

一般社団法人 日本社会福祉学会

介護職員が利用者に対して苛立っていくプロセス

https://www.jstage.jst.go.jp/article/jssw/60/4/60_56/_pdf

“迫りくる時間への焦り”とは‘自分の担当業務を時間内に終わらせなければならないと焦ってしまうこと’であり,〈終わらない業務への焦り〉の構成要素として示されている。

日本看護科学会

介護施設における認知症ケア実践者の精神的負担の概念分析

https://www.jstage.jst.go.jp/article/jans/45/0/45_214/_pdf/-char/ja

属性【ケアの対象者にネガティブな感情を抱く】には、同じ話を何度も繰り返されることに疲弊し、対象者の話を聞きたくないと感じる状態が含まれる 。

日本看護科学会

介護施設における認知症ケア実践者の精神的負担の概念分析

https://www.jstage.jst.go.jp/article/jans/45/0/45_214/_pdf/-char/ja

先行要件【ケアの対象者との意思疎通が難しい】では、説明を理解してもらえないことや、正しいことを伝えても受け入れられず、感謝などの反応が得られない状況が挙げられている。

事例2:良かれと思ったケアへの拒絶・暴力

利用者のためにと行ったケアが拒否されたり、時には暴力で返されたりすることで、精神的に深く傷つくケースです。

  • 親切心が裏目に
    • 「足が冷たいから」と足浴を提案しても「いい(拒否)」と言われるなど、準備したケアが無駄になったり、自分が否定されたように感じたりします。
  • 不意の暴力
    • 入浴介助中に湯をかけられたり、つねられたりするなどの〈攻撃的言動〉を受けることがあります。
  • 自尊心の喪失
    • 暴言や暴力(つばをかけられる等)は、単なる身体的な痛みだけでなく、ケア実践者の自尊心を損ない、トラウマのような精神的禍根を残す可能性があります。

こうした拒否や攻撃に対して、恐怖や憎しみを感じることは人間として自然な反応ですが、専門職として感情を抑圧し続けることが精神的負担となります。

出典元の要点(要約)
一般社団法人 日本社会福祉学会

介護職員が利用者に対して苛立っていくプロセス

https://www.jstage.jst.go.jp/article/jssw/60/4/60_56/_pdf

“拒否的反応への苛立ち”とは‘介護したことやしようとしたことに,利用者が拒否し,その反応に苛立つこと’であり,多忙な業務のなか利用者のことを考えて実施した介護が拒否されると,業務が無駄になったように感じたり,自分が否定されたように感じ,拒否した利用者に対して苛立ってしまっていた。

一般社団法人 日本社会福祉学会

介護職員が利用者に対して苛立っていくプロセス

https://www.jstage.jst.go.jp/article/jssw/60/4/60_56/_pdf

“攻撃的言動への苛立ち”とは‘介護したことやしようとしたことに対して,利用者からの暴言・暴力行為があり,その反応に苛立つこと’であり,徐々に苛立つというよりは,攻撃的な言動に対して反応するように急激に苛立つという状況であった。

日本看護科学会

介護施設における認知症ケア実践者の精神的負担の概念分析

https://www.jstage.jst.go.jp/article/jans/45/0/45_214/_pdf/-char/ja

属性【BPSD対応に疲弊する】では、暴力による肉体的苦痛のみならず、言葉の暴力やつばをかけられる行為によって心が傷つき、感情的に疲弊する様子が示されている 。

日本看護科学会

介護施設における認知症ケア実践者の精神的負担の概念分析

https://www.jstage.jst.go.jp/article/jans/45/0/45_214/_pdf/-char/ja

暴言や暴力(つばをかけられる等)は、単なる身体的ダメージだけでなく、実践者の自尊心を損なう点で精神面への影響が大きい。暴力等への遭遇はトラウマティックな出来事となり、ケア実践者にとって精神的禍根となる可能性がある。

事例3:チーム連携の不備による孤立

苛立ちは利用者との関係だけでなく、職員間の連携不足や組織の体制によっても引き起こされます。

  • 他職員への不満
    • 他の職員が手を抜いているように見えたり、介護の質が悪いと感じたりすることが、自身の負担感や苛立ちを増加させます。
  • 一人での抱え込み
    • 「次の人に迷惑をかける」と配慮して助けを求められず、業務を一人で抱え込んでしまう悪循環に陥ります。
  • 人間関係の悩み
    • 仲の良い職員がいなかったり、パート職員との上下関係などを気にして業務を行わざるを得ない状況が、〈モチベーションの低下〉を招き、苛立ちやすい状態を作ります。

このように、〈他職員介護による苛立ち・負担〉は、業務の焦りと利用者への苛立ちをさらに強める要因となっています。

出典元の要点(要約)
一般社団法人 日本社会福祉学会

介護職員が利用者に対して苛立っていくプロセス
https://www.jstage.jst.go.jp/article/jssw/60/4/60_56/_pdf

介護職員が業務のなかで苛立ちやすい状態となり,〈終わらない業務への焦り〉,〈利用者への苛立ち〉が起きるには,“他職員手抜き介護への苛立ち”, “他職員配慮の負担増”という〈他職員介護による苛立ち・負担〉が関連しており,〈他職員介護による苛立ち・負担〉が起こることで介護職員は〈終わらない業務への焦り〉,〈利用者への苛立ち〉を増加させてしまうことになっていた。

一般社団法人 日本社会福祉学会

介護職員が利用者に対して苛立っていくプロセス

https://www.jstage.jst.go.jp/article/jssw/60/4/60_56/_pdf

“他職員配慮の負担増”とは‘自分の業務を他職員に手伝ってもらったり,引き継いでもらいたくても,他職員の負担のことを考えて一人で業務をして,自分の負担になること’であり,助けを求められない結果として業務を一人で抱え込み苛立ちやすくなるという悪循環があり,「上下関係もあります(中略).パートさんで強い人とかいるんで」というように職員関係を気にして業務をしている語りもあった。

一般社団法人 日本社会福祉学会

介護職員が利用者に対して苛立っていくプロセス

https://www.jstage.jst.go.jp/article/jssw/60/4/60_56/_pdf

“他職員手抜き介護への苛立ち”とは‘他介護職員が手を抜いて業務をしていたり,介護の質が悪いことに対して苛立つこと’であり,他職員の介護の質の悪さに苛立ってしまったり,他職員の介護の質が悪いことで自分の仕事が増えてしまうことに対する苛立ちがあり,業務上での焦りや苛立ちを増加させてしまう要因となっていた。

これらの事例から分かるように、現場でのイライラは「あなたの心が狭いから」起こるものではありません。「終わらない業務」「伝わらないもどかしさ」「組織的な連携不足」といった複数の要因が重なり、逃げ場のない状態で発生する構造的な問題なのです。


なぜ「わかっていても」イライラが止まらないのか

女性の介護職員の画像

現場では「プロなら感情をコントロールすべき」「認知症の方に怒るのは間違い」と教えられます。しかし、夜勤明けで身体が鉛のように重い時や、食事介助と排泄介助が重なり走り回っている時に、理不尽な暴言を吐かれて「笑顔」でいられるでしょうか。

頭では「病気のせいだから仕方ない」と理解していても、心が追いつかない。それは決してあなたの忍耐力が足りないからではありません。介護という仕事の特性上、どうしても避けられない構造的な限界があるからです。

理由1:怒りは「プロセス」として悪循環する

イライラは、ある瞬間に突然湧き上がるものではありません。研究によると、そこには明確なプロセス(過程)が存在します。

まず、日々の激務による「心身の不調(疲れ・腰痛)」や、人間関係などの「モチベーション低下」という土台があります。そこに、時間内に仕事を終えられない〈終わらない業務への焦り〉や、利用者からの拒絶・暴言といった〈利用者への苛立ち〉が加わることで、感情が爆発します。

さらに辛いのは、その後にやってくる自己嫌悪です。つい乱暴な言葉を使ってしまったり、態度に出てしまったりした自分を「なんであんなことを」と責めることで、さらに精神的な余裕がなくなり、次なる苛立ちを生むという悪循環に陥ってしまいます。

出典元の要点(要約)
一般社団法人 日本社会福祉学会

介護職員が利用者に対して苛立っていくプロセス

https://www.jstage.jst.go.jp/article/jssw/60/4/60_56/_pdf

図1 介護職員が利用者に苛立っていくプロセス(結果図)の【ストーリーライン】として,介護職員が利用者に苛立っていくプロセスは,〈心身状態の不調〉,〈モチベーションの低下〉という苛立ちやすい状態で業務につき,そのなかで〈終わらない業務への焦り〉,〈利用者への苛立ち〉が生起し,〈他職員介護による苛立ち・負担〉が苛立ちを増加させ,〈思い通りにいかない苛立ち〉を生み,最終的に〈自分自身への苛立ち〉となり,諸種の焦りや苛立ちが悪循環していくプロセスとなっていた。

一般社団法人 日本社会福祉学会

介護職員が利用者に対して苛立っていくプロセス

https://www.jstage.jst.go.jp/article/jssw/60/4/60_56/_pdf

“苛立つ自分への嫌悪・否定”とは‘利用者にイライラしてしまった自分に対して嫌悪感を抱いたり,援助者としての自分を否定してしまうこと’であり,「うまくそこができないから(感情コントロール),なんで私はうまくできないんだろうっていう風な思いで悩む」と語られ,介護職員は自己嫌悪・自己否定に陥っており,悪循環していくプロセスの終点であると位置づけられている。

理由2:脳のエネルギー(認知リソース)の枯渇

アンガーマネジメントでは、「怒りの原因を別の視点で捉え直す(再評価)」ことが有効とされます。例えば、暴言を吐かれた時に「自分への攻撃」ではなく「病気の症状がつらいんだな」と解釈を変えることです。

しかし、この再評価という作業は、脳の前頭前野という部分を使い、非常に大きなエネルギー(認知リソース)を消費します。

現場で疲労困憊し、ストレスにさらされている状態では、この認知リソースが枯渇しています。そのため、頭では「捉え方を変えよう」と思っても脳が機能せず、衝動的な怒りを抑え込むことが生理的に難しくなってしまうのです。

出典元の要点(要約)
日本心理学会

怒りの制御方略に関する研究動向と展望 ――実験研究を対象とした検討――

https://www.jstage.jst.go.jp/article/jjpsy/96/2/96_96.23402/_pdf/-char/ja

再評価は主観的な怒りを鎮めるための最も有効な方略の1つであるが、即時的な怒りの減少量は気晴らしに劣り、生理的ストレス状態のような個人の認知資源が限られた状況において有効性が減じる。

日本心理学会

怒りの制御方略に関する研究動向と展望 ――実験研究を対象とした検討――

https://www.jstage.jst.go.jp/article/jjpsy/96/2/96_96.23402/_pdf/-char/ja

情動の再評価は、背側前帯状皮質、背内側―、背外側―、腹外側前頭前野といった認知制御領域の機能によって実現されることから、感情制御方略の中でも特に努力を必要とする。攻撃衝動の高まりを伴うような強い怒りに対し再評価を試みることは非常に困難であり(中略)怒りの再評価には多大な努力が必要であり、その実施には強い動機づけを要することを示唆している。

理由3:感情労働による疲弊と「不全感」

介護職は、自分の本当の感情を抑え、専門職としてふさわしい感情や態度を表現することが求められる感情労働です。

利用者の尊厳を守るために、恐怖や嫌悪感といったネガティブな感情を必死に隠してケアを続けることは、精神的に大きな負担となります。この状態が続くと、他者の痛みに共感する力が麻痺する共感疲労や、専門職としての自信を失う不全感につながります。

また、「もっと良いケアをしたいのに、業務に追われてできない」という倫理的な苦悩も、日々のストレスを蓄積させ、イライラを引き起こす大きな要因となっています。

出典元の要点(要約)
日本看護科学会

介護施設における認知症ケア実践者の精神的負担の概念分析

https://www.jstage.jst.go.jp/article/jans/45/0/45_214/_pdf/-char/ja

属性【専門職としてのあり方に対する不全感】には、専門職として不適切だとわかっていながら感情的な対応をしてしまう自分への嫌悪感や、専門職としての適性を失う感覚が含まれる。

日本看護科学会

介護施設における認知症ケア実践者の精神的負担の概念分析

https://www.jstage.jst.go.jp/article/jans/45/0/45_214/_pdf/-char/ja

属性【倫理的な苦悩を抱く】には、最善のケアを行いたいという理想と、現実的な制約とのギャップによるジレンマや、個人の尊厳を尊重できないケアへの罪悪感が含まれる。

このように、イライラは「あなたの心が狭い」から起きるのではなく、〈悪循環のプロセス〉〈脳の疲労〉、そして〈感情労働の負担〉という3つの要因が重なって生じるものです。自分を責めるのをやめ、「今は脳が疲れているんだ」と客観的に自分を見ることから始めてみてください。


現場で迷いやすいポイント(FAQ)

日々、予測できない事態が連続する介護現場では、「とっさの対応」や「自分の感情」について迷うことが多くあります。ここでは、研究データに基づいた具体的な対処のヒントをまとめました。

Q
イライラして思わず手が出そうになった時、その場でできることはありますか?
A

あります。すぐに「後傾姿勢(後ろにのけぞる姿勢)」をとってください。 人は怒りを感じると、対象に向かっていこうとする「接近動機づけ」が高まり、無意識に前のめりになります。あえて椅子に深く座り直したり、背もたれに寄りかかったりして物理的に姿勢を後ろに引くことで、攻撃的な衝動を抑制しやすくなることが示唆されています。

出典元の要点(要約)
日本心理学会

怒りの制御方略に関する研究動向と展望 ――実験研究を対象とした検討――

https://www.jstage.jst.go.jp/article/jjpsy/96/2/96_96.23402/_pdf/-char/ja

接近動機づけの高まりは主観的な怒りや攻撃行動を増幅させる内的衝動であるため、特性怒りが高く接近動機づけが高まりやすい人ほど、主観的な怒りの制御にも有効な可能性がある。明所に比べた暗所、座位に比べた後傾座位、物体を手で押しのけ遠ざける動作といった操作を用いて接近動機づけの高まりを妨げると、低い特性怒りを持つ個人に比べ、高い特性怒りを持つ人の状態怒りや攻撃行動がより減少した。

Q
「深呼吸」は本当に効果があるのでしょうか?
A

効果はありますが、単に息をするだけでなく「回数(ペース)」が重要です。 研究によると、呼吸数を「1分間に7回未満」に抑えるようなゆっくりとした呼吸を行うと、感情制御の指標である心拍変動(HRV)が増加し、主観的な怒りが減少することが報告されています。焦っている時こそ、意識的にペースを落とすことが有効です。

出典元の要点(要約)
日本心理学会

怒りの制御方略に関する研究動向と展望 ――実験研究を対象とした検討――

https://www.jstage.jst.go.jp/article/jjpsy/96/2/96_96.23402/_pdf/-char/ja

感情制御能力のバイオマーカーとされる心拍変動(LFおよびSDNN)は、呼吸数を1分間に7回未満に抑えることで大幅に増加する。呼吸を用いて心拍変動を増加させることで怒りが減少するか検討した研究では、呼吸数を抑えた群においてLFが大きいほど主観的な怒りが減少した。

Q
「利用者の気持ちを考えよう」と思っても、どうしてもネガティブにしか考えられません。
A

疲れている時に無理にポジティブに考えようとする必要はありません。 出来事の捉え方を変える「再評価」という方法は、脳のエネルギー(認知リソース)を多く消費します。生理的なストレス状態や疲労が強い時は、この機能が低下するため、有効性が下がることが分かっています。考えられないのは「疲れ」のサインですので、まずは休息を優先してください。

出典元の要点(要約)
日本心理学会

怒りの制御方略に関する研究動向と展望 ――実験研究を対象とした検討――

https://www.jstage.jst.go.jp/article/jjpsy/96/2/96_96.23402/_pdf/-char/ja

再評価は主観的な怒りを鎮めるための最も有効な方略の1つであるが、即時的な怒りの減少量は気晴らしに劣り、生理的ストレス状態のような個人の認知資源が限られた状況において有効性が減じる。

感情をコントロールすることは、プロであっても容易なことではありません。「姿勢」や「呼吸」といった身体的なアプローチを知っておくだけでも、いざという時に自分と利用者様を守る「お守り」になります。まずは一つ、できそうなことから試してみてください。


まとめ:明日から「一つだけ」意識してみよう

介護の仕事は、自分の心を削りながら他者を支える「感情労働」です。現場でイライラを感じてしまうのは、あなたが未熟だからではありません。それは、過酷な環境と心身の疲労が重なった時に起きる、脳と身体の自然な反応です。

「完璧なケア」や「仏のような心」を目指して自分を追い詰める必要はありません。まずは明日、現場で心がざわついた時に、以下のどれか一つだけを思い出してみてください。

  • 疲れている時は「考え方」を変えようとせず、まず「姿勢」を後ろに引く
  • 「あ、今自分は業務に焦っているな」とイライラのプロセスに気づく
  • 「イライラしたら、まずはゆっくり息を吐く」と決めておく

自分自身を大切に守ることは、決してわがままではありません。あなたが潰れずに働き続けられることこそが、結果として利用者様の安全とケアの質を守ることにつながります。

最後までご覧いただきありがとうございます。この記事が、少しでも日々の負担を軽くするヒントになれば幸いです。


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更新履歴

  • 2025年9月10日:新規公開
  • 2025年10月21日:一部レイアウト修正
  • 2025年12月24日:より詳細なエビデンス(根拠)に基づき解説を充実させるとともに、最新のサイト基準に合わせて構成・レイアウトを見やすく刷新。

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